ゴ ー ス ト ハ ン ト
□ Psychedelic Heroine
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召魂の準備が始まった。と、言っても俺は手伝えることはないので窓のサンに座ってその様子を眺めていた。
『殺される気持ち…か』
先ほど麻衣の言った言葉がこれほどまでに自分の気持ちをかき乱すとは。
しかもその独り言をどうやらぼーさんが聞いてしまったらしい。
「わかんのかい?殺される気持ち」
ぼーさんは冗談で言っているようだった。
『まあ、殺されかけたことはあるからな』
一度だけ、十刃(エスパーダ)と戦っていたときに本気で殺されそうになったことがある。
一護が来なければ確実に死んでいただろう。
「殺されかけたって…」
俺の言葉にリンやナルの手が止まり、ジョンも俺の方を見ていた。
麻衣、真砂子、綾子は鈴木さんの衣類を借りに出ていたこの場にはいない。
『いやー、あれはヤバかったよ。兄貴が来なかったら死んでたな、うん』
「なんだよそれ…集団リンチにでもあったのか?」
まあ、ぼーさんたちの中では俺はただの不良少年だからそういう結論にたどり着くのもわからなくはないが…
『一応正義のために戦っていたんだけどな。つっても友達をさらわれてそれを取り返しに行っただけなんだけど。ま、あれだ。結果として俺は死にかけたけど麻衣が言うように恐怖は感じなかったな。悔しさとか寂しさはあったけど。あとそれから…死にたくない、とは思ったかな』
ぼーさんは俺のそばに寄ってきて頭に手をぽん、と置いた。
「あんまりやんちゃしてばっかじゃダメだぞ?困ったときはちゃんと大人を頼れ」
『ほーい』
「うん、素直でよろしい!」
『はは、ぼーさんは面倒見がいいな!』
言って、笑った。俺が笑ったことに驚いたのかぼーさんもジョンもリンさんやナルはあんまりわからないけど、変な顔をしていた。
『俺さ、頭撫でられるの好きなんだ。昔兄貴がよくしてくれたから』
嬉しいときも楽しいときも辛いときも悲しいときも…一護の手はいつも俺の頭の上にあった。
「はるさんはお兄さんが大好きなんどすね」
ジョンの言葉に肯定はしなかった。その代わり、精一杯首を縦に振った。
「いくつ離れてんだ?」
『離れてないよ』
「…?双子ってことか?」
『そう、双─』
あれ?双子…?そういやなんか、俺忘れてないか?
最近どこかで双子という言葉を聞いた。どこだっけ。確かすごくそっくりで…
誰だっけ…?
「移動しよう」
その時、誰かが言った。自然とその人に視線が行く。目に入ってきたのはナルだった。
──あれ、ナル…?
ナルの姿がどこか懐かしい気がした。なぜだろう。
部屋を移動し、召魂の準備が整った。
「没年はどうします?」
「失踪した日の翌日、というところか」
リンさんはマッチに火を灯し、ろうそくに火を移した。
それから息を吸うときれいな口笛みたいな音を出した。
その後すぐ、我々ではない誰かのため息をつく音が聞こえた。
そして部屋の中央にゆらゆらと揺れるように鈴木さんの霊体が姿を現した。つまりは死んでいるということになる。
「鈴木直子さんですね?」
ナルが訊くとそれは頷いた。
「あなたはもう死んでいます。知っていますか?」
今度は首を横に振った。
「自分がなぜ死んだのかわかりますか?」
結果は同じ。
「では誰かがあなたにひどいことをしませんでしたか?」
途端、鈴木さんの様子が変わった。まるで助けを求めるようにもがきだしたのだ。
「それは、浦戸という人ですか?」
鈴木さんの動きが激しくなる。
「知っているんですね?」
口をパクパクさせて何かを訴えようとしていた。
「ナル、限界です」
「最後に一つだけ。あなたは今どこにいますか?」
鈴木さんは壁の方向を指さすと消えていった。
電気をつけると鈴木さんが指さした先の壁に血で“ヴラド”と書かれていた。
「何…あれ…」
『鈴木さんが書いたみたいだな』
「そうか、浦戸ってヴラドのことだったのか!」
ぼーさんはどうやら何か閃いたらしい。それはナルや綾子も同じようだった。
「浦戸がヴラド…って何?どういうこと?」
「ヴラドというのは吸血鬼ドラキュラのことです」
「ドラキュラ!?ドラキュラってあの血吸う奴!?…ええ、じゃあ浦戸って人の血吸ってたの!?」
「落ち着け麻衣。血を吸う人間なんて実在しない。小説の中だけの話だ。ただし、十九世紀にブラム・ストーカーが出版した吸血鬼ドラキュラにはモデルがいた。その男の名前がヴラド・ジェプシュだ。ヴラドは十五世紀にワラキア─今のルーマニアを統治した王だ。宿敵オスマン・トルコを敗退させ、英雄と祭り上げられる一方、龍の息子、悪魔の子と恐れられていた」
「悪魔の子…?」
「ヴラドの父親はヴラド・ドラクルといってドラクルには龍の他にもう一つ、悪魔という意味があるんだ。そして、ドラキュラはドラクルの子を指す。つまり、悪魔の子だ。それを裏付けるように彼は串刺し公とも呼ばれていた」
「串刺し?」
「ヴラドは潔癖にして残忍な性格で敵や裏切りに対して容赦がなく、串刺しにして処刑していたんだ」
「浦戸とヴラド、確かにイメージがかぶるな」
「鉦幸氏が外遊していた頃、すでに吸血鬼は出版されていた。彼が知っていたとしても不思議はない。それともう一つ、彼とよく混同される人物でエルジェベット・バートリーというハンガリーの伯爵夫人がいる」
「自分の容姿が衰えることを恐れて若い女性を殺しては搾り取った血を浴槽に満たし、そこに浸かることで永遠の若さを手に入れられるって信じてた人よね」
「鉦幸氏は病弱だった自分の体を恨めしく思っていただろう。エルジェベットのように若い人間の血によって健康を保てると思ったのかも知れない」
「じゃあ、しょっちゅうお手伝いさんが変わったっていうのは…」
「恐らくそうだろう」
「五円札に書かれていた言葉もこれでようやくわかったな。此処ニ来タ者ハ皆死ンデイル。浦戸ニ殺サレタリト聞ク。逃ゲヨ、だ」
「次に来る人のために遺したメッセージだったのね」
「せやけどあの五円札が入ってたコートは病院の保護施設の支給品ですやろ?なんでその中に…」
「!まさか!」
『保護施設にいた人間まで餌食ってわけか』
「信じらんない!自分が助かりたいために人を殺すなんて…!」
「もしかして紘幸氏は自分の父親がここで何をやってたか知ってたんじゃない?」
「あり得るな。それを封印するために増改築を繰り返して屋敷の奥深くに隠した」
「でも…鉦幸氏はとっくに死んでるのに、なんで今も若い人たちが消えるの?それに…鈴木さん、壁の向こうにいるってどういうこと?」
「鉦幸氏は長生き出来なかった。さぞ無念だったろう。人を殺してまで長らえたかった命は結局長持ちしなかったわけだから…浦戸はいるんだ。この家にまだ。ここで生け贄を求めているんだ」