おはなし+

□人魚姫は絶望を知らな過ぎた
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私は、朝が好きだった。
起き抜けに目に射し込んでくる光だとか、少し冷たい空気だとか。
深呼吸をしては独特の朝の空気を体で感じるのは、私の楽しみであり日課だった。

カーテンの向こうの景色を想像して、あの人に思いを寄せる。

心を巡るのはあの人だけで、私はまた、一人深呼吸をする。






あなたと






海を潜る魚の気分なんて、誰に解ったことだろう。

あんなにも美しい青い水なのに、人は一度として、呼吸など出来はしないのに。

今日もまた、一日が終わるな、なんて、のんびりと夕日を眺めていた。

ベランダから見えるビルの狭間に、うっすらと覗く太陽が恨めしく思うほど、

今日の夕日は特別綺麗。
こんなに綺麗なのだから、このまま世界が終わってしまってもなんら不思議はないな、

なんて、下らない事を思った。

あの人が居ない日々を、どれだけ過ごしたのだろう。


「きょうは、…」


たんじょうびだね。


噛みしめるように、口の中でつぶやいた。
大切に大切に出来るように。


言葉は息をして。
そして、そのままゆっくりと身体を回り始め、私に問う。

「帰り道はどこ?」

私は答える。

「帰る必要は無かったのかもしれない」

人魚姫は結局、地上に降り立つことが出来ても、愛を頂くことは出来なかった。

「じゃあどおしてないてるの?」

ただ、泡となって消えただけだった。
ただ、それだけだった。

問い掛けたそれは、私の心など見透かしたように笑った。

私は、泡となっても構わなかった。

「ただ、嬉しかったんだ」

あるいは、人魚姫は海の魚の気持ちなんて、解らなかったのかも知れない。

ただ、幸せになって欲しかった。
其れだけだったのならば、

そっか。

そう言って言葉は笑顔を残した。

泣いていたのは、小さく笑うの私自身で、小さな姿をしたそれは、次の瞬間にはもう、泡になって消えていた。

ささやかな絶望と共に、
鮮やかな海が終わっていく。







あの人に会いに行かなきゃ。

そう言って部屋を出るのには勇気が入った。

とても私なんかでは太刀打ちできない波がそこにあった。
あの人にとっての一番は、もうとっくの昔に緋色に染まったことでしょう。

あの人と同じ、澄んだ純潔の瞳で、世界がおわるなら、それでもいいと思った。

でも、
と、言葉が反響する。

世界が緋色に終わる前に、
世界が緋色で終わるまでは、

側に居たいと思った。

言葉が届かなくてもよかった。
ただ、伝えたかった。
聞こえていなくてもよかった。
ただ、側に在りたかった。
あの人の邪魔をしたい訳じゃないから。
だから。


フラフラと路地を歩いていた足が、次第に早まって、
気付いたときはもう走っていた。


突然。


視界が暗転する。

飛び上がる鼓動。

腕を締め付けた後の圧迫感が、じわじわと伝わってくる。

呼吸が苦しい。

息を吸わなきゃ。

苦しい。


は、


吸った空気が冷たくて、
私はまた、戦慄する。

「ご、め…」

「謝る必要はないッ!」

「、でも。く…ぁ、ク…ぁぴかぁ」

「もういい」


「…ぃたかった。あいたかった。」


私もだ。


そうささやく声が聞こえた。


人魚姫がどんなにか待ちわびた台詞を、聞いた。

世界中に叫びたかった。




私達は愛し合っていた!




さあ、






声よ!高らかに!
ラストダンスをもう一度。










あ、今度はきっと幸せになれる。




――――
13.04.04 執筆

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