ホ宝物展示場ホ書庫
□Scars of love(素敵SS付v)
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薄汚れた空は曇天に覆われ、今にも泣き出しそうに見える。
(泣き出しそうなのは、僕の方かな)
スーツの下、ゴドーさんに傷つけられた部分が痛む。
御剣と別れた同時期、僕は裏の世界から足を洗った。
あの人と出会い、あの人と生きるために。
それなのに、他の男に抱かれ、他の男のために人を殺し――。
「ム……、部下の一人から報告を受けたのだよ。マフィアのボスの隣に、私がかつて追いかけたヒットマンに似た男がいたと。呑田、といったか、あの男のために足を洗ったのだろう。なぜ今更、裏の世界などに舞い戻った。今度はいかに私であっても、情報を操作することはできないぞ」
見なくても眉間に皺が寄っているだろうことが分かり、その節はありがとう、と僕は目を細める。
死んだと裏の世界に嘘の情報を流したのは僕だったけれど、表の世界にもその情報が流布したのは間違いなく御剣の手助けがあったからだ。
彼は僕に借りがあるからそうせざるをえなかっというのがあるけれど、幼なじみとして僕の進退を心配してくれていたのだろう。
(ホント、お前はいい幼なじみだよ。僕にはもったいないくらいのね)
だからこそ、今度は巻き込むわけにはいかない。
全ての始末は、僕自身の手でつけると決めている。
優しい人たちを傷つけると分かっていて渦中に引きずり込むことはできない。
「あれ、知らなかったの。あの人は死んじゃったんだよ、殺されて。……それはいいんだ。報復は果たしたから。それよりも御剣、僕のことは放っておいてくれないか」
「成歩堂、キサマ……」
わざと明るく軽薄に告げ、そうして、一息吸い、僕は表情を改めた。
「幼なじみとして、頼む。僕は、今ソチラに捕まるわけにはいかないんだ。弟たちの、ためにも」
「弟……?ま、さか、成歩堂、お前、リュウたちを人質に……?」
頭の切れる男は一つのピースですぐに空間を埋める。
僕が弟たちをどれほど愛してきたか知っているから、一度は足を洗ったはずの世界に戻ってきた理由もすぐに分かる。
「頼む、御剣」
またしても否定も肯定もせず、僕は乞う。
ゴドーさんはまだ弟たちをとらえたままで解放してくれない。
ここで下手に組織へ警察の介入があれば、弟たちの身に危険が及ぶ可能性もあるのだ。
むしのいい願いだと知りつつ頭を下げると、御剣は己自身を片手で抱きしめ、深く息を吐いた。
「仕方あるまい、ほかならぬキミの頼みだ。だが約束して欲しい。無茶はするな、呑田氏もあの世で心配しているぞ」
そうだね約束するよ、と僕は靴のかかとで壁を蹴る。
視線を落としていると、御剣もまた軍帽に手をやって目線を隠した。
(でも、僕は決めたんだ)
僕はいつかゴドーさんを殺す。
それは紛れもなく決めた決意。
弟たちの無事を確保できれば、相打ちとなっても彼の命を奪ってみせる。
そうでもしなければ、この傷は癒せないから。