ぷよ小説

□8月25日
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8月。毎日暑い陽射しがプリンプを照り付けている。ほんの少し前までは梅雨が続いていて心なしか涼しかったというのに、今はもうギラギラのギンギンだ。しかも8月を過ぎたとしても残暑という名の灼熱地獄が待ち構えているのだ。そして今は夏休みの真っ最中。学校で共に教えを学んでいたクラスメイト達はクーラーの効いた家から一歩も出掛けようとはしなかった。この毎日の暑さにはもううんざりといった感じだろうか。しかし、ただ一人、シグは夏という季節が嫌いではなかった。




プリンプから少し離れた場所にある某森の中にシグはいた。そう、夏と言えば虫。昨晩、この森の木々に虫達が好む蜜を塗っておいたのだ。その日見た夢の内容は蜜を塗った木という木に珍しい虫が沢山…というものだった。これはもう正夢に違いない…。そして魔物が朝目覚める頃と同じ時刻に起きると、朝食をさっさと済ませて家を飛び出してきたのだ(そのことに魔物はとても感動していたという)。


「…たしかこの木にぬったはずだけど…。」


蜜を塗った木を見付け、隈なくチェックするが…


「あれ…いない…。」


あれだけ木に蜜を塗りたくったというのに、どういう訳か一匹も見付からないのだ。いつもなら一本の木に最低2、3匹は見付かるのにこの有様…。勿論、他の木も調べてみたが結果は同じ0匹。この耐え難い現実にシグは暫くぼうっと突っ立っていた。


(…あんなにたくさんいたのに。)


所詮、夢の中での出来事ではあるが正夢になることを信じていたシグのショックは大きかった。全身から力が抜けてどさっと草むらに座り込むとそのまま木にもたれ掛かって歩き疲れた足を休ませる。呼吸が整ってくると朝早くに起きてしまったせいか、段々と睡魔が襲ってきた。


(………ねむ……。)


このままここで眠ってしまったら、いつまでたっても帰ってこないシグをきっと魔物は心配するだろう。帰らなければという思いに反して瞼は重く、どんどん視界と意識を奪っていく…。

肩に小鳥が止まり、リスが足の上で胡桃を持って寛いでいる。追い払うことはしなかった。正確には眠くて追い払う気にもならなかったのだけれど。しかしシグとは違う、ただならぬ別の気配を敏感に感じ取った小動物達は一目散に森の中へと素早く姿をくらましてしまった。

そして近くからがさがさと草むらを掻き分ける音が聞こえてくる………。

がさっ…。

「…どうして今日に限って、こんなに虫が集まってくるのよ…!計、算、外、だわ…。」


気配の正体は危ないオカルト少女、フェーリだった。フェーリは背中に編み目で出来た大きな袋を背負っていた、そしてその中身はなんと…


「…虫だ。」


大量の虫、虫、虫。袋の中身は虫でいっぱいでその光景は一般人が見れば軽い地獄絵図のようだった。編み目から無数の足が飛び出していてわさわさとばたつかせている。しかも、


「蜜の匂いがする。」


フェーリが背負っている袋からはシグ特製の蜜の香がぷんぷんと漂っていた。正夢は現実に起こってはいたが、虫は全てシグよりも早く森へ出掛けていたフェーリに捕獲されていたということになる。自分が仕掛けた罠を横取りされ、シグは珍しく怒りをあらわにしていた。


「…アシッド、アシッド…」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!ほらこれ、返して欲しいんでしょ…?…あげるわ。」

「……え…。」


なんと、フェーリは背負っていた虫いっぱいの袋をシグの目の前に差し出したのだ。彼女の不可思議な行動に戸惑うシグだったが、袋を受け取った途端に笑顔を輝かせた。それはもう、にっこりと。


「…わぁ。ありがとうフェーリ。」

「べ、別にっ…!貴方の為なんかじゃないわ…。」


初めて目の当たりにした純粋にキラキラと微笑むシグの姿を見ていられなくなり、顔を背けてしまったフェーリ。

(…なんて可愛いのっ…!)


シグの笑顔が綻ぶ瞬間を一瞬にして網膜に焼き付けてその場でしゃがみ込み、それを脳内でスロー再生しながらぶつぶつと何か呟いている。

そんな怪しい様子のフェーリを気にも留めず、受け取った袋を早速開いて中に入っている虫をまじまじと観察するシグ。


そして一通り観察し終えると両腕に虫達を抱え、空目掛けて放り投げた。ようやく自由の身になった虫達は袋の中からどんどん飛び出し、ぶんぶんとうるさい羽音をたてて飛び去っていく。


「せっかく捕まえたのに、逃がしてしまうの…?」

「うん、そうだよ。ちゃんと森に帰してあげないとみんないなくなっちゃうから。」


このくらいの年頃の男子ならば捕まえた虫を逃がすなんてことはしない。虫の飼い方も分からないまま虫かごに入れて死ぬまで飼うのだろう。それに比べてシグは虫の事に関して妙に大人っぽいものだからフェーリは少し感心してしまった。


「貴方は優しいのね…。」

「そんなことない、普通だよ。フェーリ。」

「……そう、ね。…ああ、それと話しが変わるんだけど…。」

「なに?」

「あなたはあたしに何かお礼すべきじゃないかしら…?」

「………え。」


フェーリはシグの為?に朝早く起きて森へ出掛け罠にかかっていた虫を全部捕まえてきてシグに渡した、つまりそれに釣り合うだけのお返しをして貰おうじゃないのと言うのだ。


「…うん、わかった。」


そして返って来たシグの答えはもちろん、Yesだった。
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