ぷよ連載小説

□第一夜 濃霧の森
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それはシグが隣町まで買い出しに行った日の出来事だった。

その日は夕方のパン配達の仕事が休みだということでいつもより少し早めの給与をオーナーから受け取り、昼から食料の買い出しに出掛けた。

林道を歩いて進んでいくと、隣町へ行くという馬車が偶然にも通り掛かかり、タダで良いから乗っていけとおじさんに言われて乗せてもらい30分…

「どうもありがとう。」

親切にしてくれたおじさんにペコリと頭を下げて隣町の市場にようやくたどり着くと、賑やかな景色が目に入る。

さて、何を買おうかと給与の入った皮袋を開くと普段より多い金額と小さなメモが入っていた。オーナーが入れ間違えたのかな、とも思ったが一緒に入っていたメモを読むとそうではないようだ。

“毎日、休まず元気に働いてくれている可愛いあなたに少しサービスしちゃうわぁ”と、メモに書かれていた。因みにオーナーはオカマであり、骨だ。しかしそのことについては誰も突っ込まずにいるのでシグも黙っている。

それにしても、少し…と書いてある割りには金額はだいぶ多く感じる…。


「お肉でも買おうかな…。」


まだまだ育ち盛りなシグ。ここは奮発して良い肉を買うのもいいかもしれない。

懐が暖かいとめんどくさい買い物もなんだかウキウキと楽しくなってきて、シグの買い出しは初めて夕方まで続いた。







「…あ、くもってきた。いそがなきゃーっ。」

ついつい、時間が経つのを忘れて遅くまで市場に留まってしまったシグ。急いで林道を駆け抜けて家に帰ろうとしたのだが、やがて辺りに濃霧が発生し帰路を塞いでしまったのだ。

霧で隠されてしまった帰り道をキョロキョロと探すがそう簡単には見付けることは出来ず、林道をさ迷い歩いている内にとうとう本来帰るはずだった道を外れ、深い森の中へと足を踏み入れてしまった。


「…ここ、どこだろ?」


もうどれぐらいの時間を歩き続けただろうか。疲れた足を引きずり、はぁはぁと息を切らしながら突き進んでいくと森の奥からうっすらと一つの明かりが浮かび上がってきた。

もしかしたら、あそこに建物がたっているのかもしれない!


「だれか住んでたら泊めてもらお…。」


顔に纏わり付いてくる濃霧による湿気を掻き分けて明かりが見える方向へ進んで行くと…そこには古めかしい屋敷がひっそりと、シグを睨み付けるように姿を現したのだ。



その屋敷の広大な庭にはトマトの苗がびっしりと植えられていて、赤く熟した美味しそうな実をたくさんみのらせていた。

屋敷の主人はどうやらトマト好きらしい…。

そんなことを考えながら屋敷まで続いているトマト畑を抜け、玄関へとたどり着く。明かりの正体は、怪しくゆらゆらと炎を燈していたランタンだった。

湿気で濡れてぼさぼさになってしまった前髪を手櫛で整えると、一つ、二つと深呼吸をして荒くなった呼吸を落ち着かせ…。


…コン、コンッ…


扉の中央に設置されていたノック用の輪を指で持ち上げて数回叩く。…だが、ノックの返事はいつまでたっても反ってはこない。留守にしているのだろうか。


「…うーん、困った…。でも待ってたほうがいい、よね。」


そう、この濃霧の中を再度下手に動き回ったらせっかく見付けた屋敷を見失う可能性が大だ。

シグは屋敷の主人が帰ってくるのを待つことにした。




しかし、それから1時間たっても主人は帰って来ない…。

そろそろお腹が空いてきたシグは買い物袋の中身をあさり、夕飯を済ましてしまおうと考えたが…今日買った食べ物はほとんど生ものばかりだったのを思い出した。青魚に鶏肉、野菜に牛肉を生でたべるのは、さすがに抵抗がある。


「ぁ…。トマト、もらってもいいかな…。」


ちょうど良いことに、今日は塩も購入していたのだ。ビン詰めにしてある塩を袋の底から取り上げると手に握ってトマト畑へと駆け出す。

そして真っ赤に熟した大きな赤い実を一つ、そっともぎ取って噛り付く。


「…おいしい…。」


主人の好みに合わせて品種改良でもしてあるのだろうか。この畑のトマトはとても美味しい。さらに塩を振りかけて食べるとパンのおかずにもなるくらいの旨さ。それにハムとチーズ、レタスを挟めばもっと美味しくなるだろう。そんな妄想をしながらトマトにまた一口噛り付いたとき、シグの目の前に何かが飛び降りてきた。

それは藍色のガウンを身に纏ったシグと同い年くらいの眼鏡をかけた少年だった。背から漆黒の翼を生やし、鋭い瞳でシグを見つけると驚いたように目を見開かせて微動だにしない。


「…トマト、ぼくが食べたからおこってる…?」

「……えっ…。」

「おこってるの…?」


痺れを切らし、初めに口を開いたのはシグの方だった。

シグはトマトを勝手に食べてしまったから少年が怒っている、だから何も言わず自分を睨んでいるのだと考えたのだ。

一方、少年はというと微妙な表情を浮かべてやはりシグを見ているばかりだった。だが怒っているような感じでもない。

どう答えれば良いのか戸惑っている、ような様子だ。



「…別に怒ってはないけど…。それよりきみ、どうやってこの敷地内に入ったんだい?」

「キリで迷子になって、かってに入っちゃった…。」

「いや、そういうことじゃなくてさ。」
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