ハ
□Mars
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空気中の水分を身体全体で感じる。しつこく纏わりつく湿気に鬱々としながら、「少しだけでも」と冷気を求めて窓を開け放す。だが、外からは変わらずじめじめとした梅雨の夜気がまた自分たちを襲う。
「…暑いわ」
「…だね」
窓際にしゃがみこんでいるのはアリスとボリス。二人は手をパタパタと扇ぎながら、先程から何をするでもなくただ座って、雲のかかった星空を眺めていた。
同じ領土である「遊園地」に住んでいると言えども、せっかくボリスが部屋を訪ねてきてくれたというのに、唇に感じる湿気は口を動かすことさえ億劫にさせた。
隣のチェシャ猫もただ「暑い、暑い」と唸るだけで特に話しを振りはしないのである。
「…そう何度も、暑い暑いって繰り返さないでくれるかしら…?聞くだけで暑くなっちゃうわ」
「…アリスだってさっきから暑いしか言ってないじゃんか。あー…、暑い」
ボリスがまた、暑いと音を発すると熱を帯びた外気がのしかかってきた気がした。
…しかし、それ以上に視覚的に気分を害するものが目の前にある。
「…ボリス、そのファーどうにかしてくれない…?」
この猫は、暑いだの何だのと言いながらファーを脱ぐ気配は全くない。そして、もこもことしたそれは温暖色のピンク。
「見た目も色も鬱陶しいわ。近寄らないでくれる?」
「うわっ、酷っ」
「そのファー、あなたの愛情くらい暑苦しい」
アリスはついに鼻から吸った湿気が脳に回ったのか、こんな残酷な言葉まで口にしてしまった。
「夏の太陽のように暑苦しいわ」
「…さすがに傷付くからやめてよ」
こうなってしまったアリスに猫は苦笑い。だが、言われたこととは反対にアリスへとすり寄る。
「俺、意外と低体温なんだぜ?」
ほら、とアリスの手を握る。
「ね?だから俺は太陽っていうより、火星ってかんじだと思うんだよね」
「火星?」
読書家であるアリスはそれなりに火星の知識を持っているつもりだ。
火星と言えば、ここから最も近い惑星だとされている。(果たしてこのワンダーランドが地球上にあるのかは定かでないが)
水が流れていた形跡が残っていたため人が住めるのでは、と考えられているが、大気が存在しないのでまだまだ難しいだろう。
とりあえず今後の宇宙開発で期待されている惑星である。
しかし…
「…どのへんが似てるのよ?」
ボリスと火星をイコールで繋ぐ言葉はひとつも思いあたらなかった。
するとボリスはあっさりと
「意外と冷たいところ」
と答える。