□音のない森
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月の明かりだけが頼りだった。
僕はただおぼつかない足取りで歩くだけ…




つい最近までは四季鮮やかに時が過ぎ、優しく僕を包んでいた。香り高い花に囲まれ、太陽が燦々と降り注ぐ道を苦もなく歩いた。
先は見えないけれども、なだらかな一本道。

しかし、季節が多くを巡る前に風景が変わりはじめた。
最初の兆しは道の変化。
綺麗に整えられていた道が砂利道へと変わった。
明るい色彩が徐々に消え失せ、いつの間にやら暗く湿った森に迷い込んでいた。

苦しい
ただ苦しかった

今までのことが全て嘘だったのかと疑った。
何故、色がなくなった
何故、心地よい追い風がなくなった
何故、先を照らす光がなくなった

「…苦しい」

叫んでも届かない。
誰でもいいから
何でもいいから
僕は待ったんだ。
蜘蛛の糸を、青い鳥を…

「助けて…」

僕は目尻から流れる涙も拭うことも忘れ、救いを求めて天を仰いでいた。





この森には、先を印す地図や標識はないらしい。
そしてもう一つ気付いたこと。
それは、この旅が「未来」という名の終わり無い旅だったということ。

落ち着いて辺りを見渡してみると、いくつもの足跡があった。
誰もが通る場所なのだろう。
だが、どれもてんでバラバラの彼方を指し役に立ちもしない。

何も信じられない

身を屈めて泣いた。
この大きくて、音のない静かな森が怖かった。
でも耳を塞ぐと、自分の鼓動だけが小さく、でも確かに聞こえた。
この鼓動だけが、僕の存在を感じさせてくれた。



僕は此処に居るんだ


時間にも景色にも変えられない、たったひとりの僕が居る。
呼吸を止めず、此処に居る。

歩きだそう
先はまだ果てなく永いから
抜けだそう
この森の中から


陽のあたる場所へ




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