薬
□言ノ葉
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「きれいですねぇ」
「ん」
夜の肌寒い空気に色鮮やかな花火が次々に咲き誇り、そして散る。微かな火薬の香りが、もうすぐ新しい季節が来るのだ。という感覚を直接身体に染み渡らせていく。
「た〜まや〜」
秋はベランダの柵に前から寄りかかり、両手を空に投げ出しながらどこか気の入らない声で叫んだ。少し湿り気を帯びた風が彼のセピア色を揺らす。
それを眺めていた座木は、それでは私も。と微笑むと「かぎやー」と付け足した。
夏の風物詩である花火が、何故この梅雨時期に上げられるのかは定かでない。しかし、少し季節を外した花火もなかなかいいものである。
梅雨の大気を伝わり、心地よい音がすっと心に響く。
「…ほんとに綺麗ですね。」
座木がふぅと息を吐くと、秋がまた短い相槌をうった。そして呟く。
「…今日は言わないのか?」
「…何をですか?」
秋の言わんことを図りかねて問えば、遠い空を見据えていた眼差しがチラリとこちらを向き、薄く笑った。
「いつものメルヒェンな言葉さ。…花火より貴方の方が綺麗だ。とか。」
嫌みたらしくドラマのようなセリフを真似た後、秋は自分で言った例えにすら「気色が悪い」と腕をさする。そんな様子に座木はまた微笑む。
「お望みとあらば。秋にも言って差し上げましょうか?」
「やめろ。考えるだけで鳥肌が立つ。」
秋が眉を寄せ最高に不機嫌な顔を作る。そしてくるりと体の向きを変え、ベランダの柵に背を預けた。腕を組み、不敵に笑う。
「…確かな言葉の方がいい。そんな上っ面な言葉は気色悪いだけだ。」
そう言うと秋はそのまま部屋へと帰って行った。
素直に言えばいい。
言葉は着飾らず、ありのままの姿で渡せばいい。
花火のように心を震わす、純粋な声で。
fin...
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