□あなたがここにいたら
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あの人と別れたのはもう随分と前の話だ。人間の暦で言えば、158年と6ヶ月14日目が半日ほど過ぎている。たった150年がこれほど長く感じたことが、今までの人生なかで一度でもあっただろうか。しかし、彼の笑顔だけは昨日見たかの如く鮮明に思い出すことが出来るから不思議だ。大層自分に都合良く作られた記憶力である。いや、それほどに彼は自分自身に影響を与え、今もなお与え続けていると言っても過言ではない。

彼が消えた時点で深山木薬店のどちらの活動にしてもやめざるを得ない。そして座木もまた、久我山の地を離れた。それから数えて6度の新生活を迎え、今はその真っ最中だ。しかしいくら違う生活を積み上げても、ふと思い出すのは彼を中心に巡った日々。今思えば疾風(かぜ)のように過ぎ去った日々だった。




…あなたがここにいたら。と思わない日がないわけではない。

あの別離は正しかったと思うし、あの日々がいつまでも続かないことはもちろん承知だ。(…否、もしかしたら心の何処か隅では彼の在る日々が半永久的にあると信じていたかもしれない。)しかしいくら理解していても、感情が存在する以上惜しいものは惜しい。そして今も、不甲斐なく彼を思い続けている自分がいる。


幾度となく過ぎる、町の景色や彼を示す季節の名たちが輪郭を持つようになったのは彼がいなくなってからだった。今までは背景だったものたちがやけに目につくと同時に、それらと共に変わりゆく自分と記憶の中の変わらない彼に、何とも言い難い喪失感が過(よぎ)る。そして時折、そんな中から彼のセピアを探し求めて視線をさ迷わせたりもしてしまう。




今は彼がもう使わないと言っていた季節。澄んだ空と黄色の花が背筋をピンと伸ばして立っている。…何処かで彼も、これに似た景色を見ているだろうか。

座木は一度だけ目を伏せ、また歩き出した。景色が滲んでいたのはかげろうか、涙か。熱気を帯びた疾風(かぜ)が揺れる彼を強く押した。






あなたがここにいたら/ポルノグラフィティ
作詞:新藤晴一
作曲:ak.homma


fin...
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