novel2

□ありがとう
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「おおきに」



ふと、部活中に聞こえてきたその言葉。
それに白石は目を落としていたメニュー表から思わず顔を上げた。








ありがとう











大阪市立四天宝寺中。
言わずもがな、ここは大阪のど真ん中にあり、通う生徒もほとんどが関西出身。

部活中に大阪弁が飛び交うのなんて当たり前。

その筈なのに、少し離れた所から聞こえたその言葉は白石の動きを止めるのに十分だった。

顔を上げた視線の先では、試合を終えた財前と千歳に謙也がタオルを渡しているのが見えた。




「…あれ?」









───…




「……千歳、さぁ」

「ん?」


部活終了後。
背後で部室の扉が開く音を聞きながら振り返ることなく白石は入ってきた人物に呼び掛けた。

それにまた驚くこともなく返事をした千歳。
たまにそんな自分達を見た部員…特に財前辺りは「なんや先輩らキモいっすわ」と何とも言えない顔をする。
それに乗っかるように小春が「長年連れ添った夫婦みたいやねぇ」と冷やかし、
またそれに乗ってユウジが「やけど俺らの方がラブラブやねんで!いつまでも新婚や!!な、小春ぅ!!」と良く分からない事を叫ぶ。

…確実に中学の部活仲間で戴く称号ではない。


それでも、仕方ないやろ、といつも白石は苦笑いをしていた。


(やって千歳って分かるし…)



空気。タイミング。直感。
具体的な理由はない、なんとなく…だけれど。


「やからそれが…いや何でもあらへん」

と、これはいつぞやポロッと教室で零した呟きに返された謙也の言葉。
何。何かあるなら言えば良いのに。


話は逸れたが、そうやって自分の背後の扉に向かって呼び掛けてから、一拍置いて振り向いた。

今はそんな事よりも、気になることがある。




「………」

「…ん?どげんしたとね、白石?急に黙って」

「…ちゃうなぁ…」

「?」



頭の上にひたすら?マークを浮かべている千歳を見上げる。
そして白石は黙り込んだまま、ひたすらそのポカンとした顔を見つめた。

千歳は見た目が大人っぽいわりに、浮かべる表情…特にこんな自分の思考の範疇外の事態下では、とても年相応の顔をする。
ちょっと前に気付いた。



「……」

「……」

「…………」


「……………、し、白石?ほんにどないしたn」

!!

「…そう、それや!!!」

「………??」


ズビシ、と千歳の目の前に人差し指を突き付けた。
(あ、良い子の皆は真似せんように。人を指で指すんは行儀悪いで)

千歳がますます分からない、という顔をして白石の指の先を見る。
そこに何がある訳でもなかったけれど。


(でも俺は満足。すっきり)


くるり、とまだ扉付近で棒立ちしている千歳を余所に、白石は帰る準備を始めた。

「……?…」

「ん?何やっとんねん?はよ行くで」

別に特別、一緒に帰る約束はしていなかった。
しかしそれが当たり前のような態度をする白石に、これまたそれが当たり前のように「うん」と返してやっと制服に着替えはじめる千歳。
何やら白石の機嫌がすこぶる良い。
なら、それで良いか。と先程の疑問は千歳の頭から消えた。



「……」
「………」

「…なんスか、あの二人」

「さぁ…」


ていうか、千歳先輩はなんであの白石部長にあない自然に対応しとるんですか。ツッコミ待ちなんですか。

ちゅーか、なんやあの即効魔法「二人の世界」。

同じく、近くで着替えていたツケメンコンビの呟きが不思議な空気の部室に響いた。






それから一週間。
いまだに白石の機嫌は何故か良いままだ。
そして笑顔のまま千歳を無言で見つめる。


最初こそ不思議そうにしていた千歳も、もうあれからは余裕で見つめ返して、そして白石の頭を軽く撫でながら何かを呟く。

それに心底嬉しそうに耳を傾ける白石の図に、遠くから見つめる部員達が顔を見合わせて首を傾げる。
なんだあの二人。












───────





「…な、なぁ…白石。」

「んー?」



教室で次の教科の準備をしながら、今にも鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気の白石に思い切って謙也は切り出した。


「なんなん、それ?」

「んー?」

「やから、それ」


「何がや?」と目の前で首を傾げる白石は笑顔だ。
(あ、今俺の後ろにいた女子が胸を押さえながらフラついた)


「……この前、千歳が何言うたんや?」

鈍い自分でも分かる。
あの日から白石はおかしい。




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