novel2

□貴方に捧げる賛美歌
5ページ/6ページ







「…ん?」




それは、千歳が俺の部屋に遊びに来た時の出来事だった。






「蔵、蔵。あれ何たい?」

「ん?」


俺が飲み物を持って部屋に戻ると、千歳は本棚の一番上に入れてあった背表紙に何も書かれていない幅も大きさもあるそれを指差していた。

俺の目線より上にあるその位置は、千歳にとっては一番目につく場所。
現に、千歳に言われるまでそこにそれがあった事を俺は忘れていた。

というか気になったんなら別に勝手に見ても構わないのに。
自分と千歳は ただの友達ではないのだ。
うん。恋人だ。ラブラブや。

けれど、そういう事をしないのが千歳の良いところだし。
そう思いつつ自分もその棚に近付いて、それに手を伸ばす。
ス、と引き抜くと表紙が現れた。



「…アルバム?」

「せやな、俺のちっちゃい頃の…」

「ほなこつ?!蔵の?!!」

「へ?あ、あぁ…」



「見る?」と問えば、千歳は今にも花を飛ばさんばかりに頷いた。












「いやー!蔵は昔っから可愛かねぇ」

「…………あ、そう」


いや、別に始めは何ともなしに渡したのだ。
今更自分の幼い頃を見られるのが恥ずかしいなんて思う訳がない。

と、思ったのに。



「あの、千歳……」

「んー?」


千歳は一頁一頁、1つの写真にさえもコメントを付けて微笑む。
それを真横で受けて、平常心でいられるほど俺は出来た人間じゃない。

だってあんまりにも千歳が愛しそうに見るのだ。
今の自分を好きだと言われるのとはまた違った羞恥心を覚える。




「あれ?」

「ん、なん?」


俺が思わず俯いていた間にもページは進んでいたらしい。
しかし半分くらいに差し掛かったところで千歳の手が止まった。


そこには当時小学校低学年だった俺が初めて地元のテニスのジュニア大会で優勝した時の写真があった。

トロフィーを持って嬉しそうに笑う俺。
その隣に良く見知った顔。


その写真を見つめていた千歳は、何を思ったかそこからまたページを遡り始めた。
数ページ置きに指を止めて、その度に「あ、ここにも」と漏れる謎の呟きに首を傾げるしかなかった。



「?…どないしたん?」

「蔵、」

「ん?」

「これ、誰?」


そう言ってアルバムを覗き込むと、またさっきのページに戻っていた。
そして千歳の指が俺の隣の人物を差す。

仲良さそうに写るその写真を見てから、顔を千歳に向けた。



「…誰って、オサムちゃんやん」

「…………はっ?」


何で?!と顔に書いてありそうな様子で千歳が目を見開く。
え、何でて。あれ?言うてへんかったっけ?


「オサムちゃん、俺の叔父やもん」

オカンの弟。
そう言うと千歳は笑顔を引きつらせて、若干顔を青くした。


「ほなこつ……すっかり俺、蔵に構いたがるマダオかと思っちょった…」

「あははは。でも昔は俺がオサムちゃんっ子でなぁ…家に遊びに来れば『オサムにいちゃん』って言ってずっと離れなかったんやで?」

そんな俺が珍しかったらしい。
だからオカン達も面白がって写真を沢山撮っていたのだ。

そう説明すると「今の蔵からは想像できんね…」と失礼なことを言われたので、側にあった頬を指で摘まんで引っ張ってやった。


でも…時々金太郎に接する自分の態度に昔のオサムちゃんを思い出す時が時々あるのだ。
男兄弟のいない俺にとったら、オサムちゃんは兄のようであり…また、人生の先輩みたいなもんだった。


あぁ…、それにこれは最近気付いたのだけれども。



俺が引っ張った頬を「痛い」と片手で擦る千歳のその手に自分の指を絡める。
キュッと握り返されたそれに胸が暖かくなって、思わず微笑んだ。

すると目の前に影が出来る。
近付く恋人の顔に自然と瞳を閉じるとチュッ、と頬に唇の感触。おい……。


「…頬っぺかい」

「さっきの仕返しばい」


わざと唇を尖らせて拗ねた振りをすれば、空いている片手で頭を撫でられた。
優しく、慈しむように触れる暖かい手。

千歳を好きになって気付いた。
千歳とオサムちゃんの似てる所の多さに。

自分に微笑むその表情。
頭を撫でる手の暖かさ。
包み込むような優しさ。

挙げたらきっとまだある。


(要は、いまだにオサムちゃんっ子な訳なんかなぁ…)


なんか複雑だ。


けれどその手がだんだん耳、頬、唇をなぞって顎に降りてくる。
それは千歳だけ。
それに高鳴る胸の鼓動も千歳だけのもの。



堪らなくなって俺からキスを仕掛けると嬉しそうに受け止めてくれる存在があった。


その抱き締める腕の中は、

─俺だけのもんや。











終われ!


→後書き




.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ