novel2

□貴方に捧げる賛美歌
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「いでででで……ホンマに可愛ないわ…」


デカイ絆創膏が貼られた額を撫でながら校舎の廊下を歩く。
既に一時間目は始まってしまっていたが、自分はちょうど空き時間だ。
そう急ぐこともあるまい。

そう思いのんびりと歩を進める。

というかそうして歩かないと身体の節々が痛い。

……あ。
こら、そこ。オジサン言うなや?
ホントのオジサンは筋肉の痛みが3日後に訪れるんやで?

そうして痛みと共にどっと疲れが沸いてくる。

いや、走ったのもあるけれど…実はそれだけやない。


ホンマ、ホンマに…。



「……昔は可愛えかったのなぁぁぁ…っ」



朝見た不適に笑うあの顔を思い出してため息を吐く。



今更だが言おう。

実は白石は俺の甥だ。


そう、あの輝かしき時代の俺に惚れて(別に惚れてはいない)テニスを始めた俺の姉の子供だ。

上も下も女姉妹に挟まれていたアイツは、比較的歳も近い俺を本当の兄のように慕っていた。(昔は)
俺にだって姉しかおらず、だから下の兄弟なんていなかった。
そんな自分の後をちまちま歩いて付いてくるまだ小さい甥っ子。
俺が名前を呼べば「おさむにいちゃんっ」と嬉しそうに寄ってくる甥っ子。

そりゃもう可愛くて可愛くて仕方なかった。
そんなこんなで学生時代、俺も暇があればちょくちょく会いに行っていたし、テニス部の練習がない休日には良く遊びに連れていってやっていた。

(まぁ、おかげで彼女から要らぬ誤解を受けた事も数知れず、やけど)


そんなアイツが俺の高校最後の試合を見に来ていて、「勝ってやオサムにい!」と言ってくれた。
それに「当たり前や」と笑って返したけれど、結局最後惜しい所で負けてしまった。

凄く悔しいハズなのに…チームメイトが泣く姿を見ていたら何だか自分は泣けなかった。
そうやって俺のテニス人生は終わった。


悔しかった。
あぁ、あそこはあぁリターンすれば良かった。
それに、あそこはポーチに出れば良かった。

一つ考え出したらキリがない。


まだやれることがあったハズだ。

自分にしか出来ないテニスが。



そう思いながら開いた自分の家のドア。
その先に人影。立っていたのは──…




「……蔵ノ介…」


「オサムにい、」


あぁ、そうだ。
コイツに俺は勝ってやると約束したのだ。
今まで約束を破ったことなんてなかったのに。俺も、蔵ノ介も。


「ごめんな…」

「…!!」


「兄ちゃん、蔵との約束…守れんかったわ…」


ごめん…。ともう一度謝ると、蔵ノ介のでっかい瞳にぶわぁっと涙が溜まった。
それはもう今にも溢れ落ちそうな程に。



「くら、」

「…ちゃう!!」



「……へ?」


いきなり、違う!と叫んだ蔵ノ介にこちらがたじろぐ。



「く、蔵ノ介…?」


「ちゃうったらちゃうねん!!絶対ちゃう!!!」

「な、何が?」

「ちゃうもん!!」


しまいには「そうやもん!!」と言ってとうとう泣き出してしまった。

対する俺はどうしたら良いかさっぱり分からなくて、
取り敢えず担いでいたテニスバックを玄関に下ろして蔵ノ介に駆け寄った。

自分の腕の中にすっぽり入ってしまう小さい身体をあやすように抱き締めてやる。
するとまだぐすぐす言うが、大分涙の量が減った。

ホッ…と胸を撫で下ろすと、また「ちゃうねん…」と小さい囁きが聞こえる。


「…蔵。兄ちゃんアホやから、言ってくれなちぃっと分からへんで?」


今度は甘やかすように言う。



「……やって、」

「んー?」




「…やって、オサムにい…勝ったっ…!」



「勝っとったもん…!」



「あのたいかいに出とったどいつよりも強かったもん…!」



「おれん中で、いっとうしょうやもん…っ!!」


…一等賞─。



ギュッと服にしがみ着かれてそう言われた。

まだ自分の一回りも幼い子供の素直な言葉。
真っ直ぐに頭に響いたその言葉に胸が熱くなる。




「……おおきに…っ、蔵ノ介…」




俺はそこで、やっと涙を流すことが出来た─…。











それから暫くして、蔵ノ介が俺にテニスを教えてほしいと頼んできた。


「いきなりどないしたん?」

「……やりたなった」

「?…そか?」

「…………あんな、オサムにぃ」

「ん?」


「    」







教えていく過程で、メキメキ上達する蔵ノ介。
楽しそうにボールを追うその姿を見て、あぁもっとたくさんの奴のこんな顔が見たい…そう思った。



…そして俺は、教師になった。





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