text〜藤メフィ

□しゃぼんだま ☆☆☆
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物質界に戻って来てからというもの、外に出る事が出来ない藤本は、一人になるとテレビを見て過ごし、メフィストが帰ってきたら、一日の出来事に耳を傾けるという日々を送っていた。
退屈じゃないと言えば嘘になる。
それでも、メフィストの泣き顔を見ずに済むのであれば、退屈であろうが構わないとさえ思う。

朝日に照らされて薄らと目を開けると、珍しく隣でメフィストが眠っていた。
睡眠時間は一時間もあれば十分だというメフィストがまだ寝ているのは本当に珍しい事で、寝顔を見たのは初めてなんじゃないだろうかと藤本は思った。
血の気のない白い肌に長い睫。
まじまじと寝顔を見ながら、奇麗だな…なんて思った。
藤本は起こさないようにベッドから這い出ると、カーテンの隙間から外を眺めた。
ホワイトクリスマスには縁遠い晴天で、寝起きの瞳には眩しいくらいに光が輝いている。
欠伸を一つ吐いて後ろを振り返ると、メフィストが目を擦りながら起き上っている所だった。

「起きたのか?」
「どうやら深い眠りについていたようです」
「そうみたいだな。お前の寝顔初めて見た。疲れてんじゃねーのか?」
「そんな事ありませんよ」

メフィストはベッドから出て藤本の隣に立つと、同じように外を眺めた。
休日という事もあって、のんびりとした時間を過ごせる事に幸せを感じ、藤本の肩に頭を乗せる。
やはり触れた感覚はないものの、傍に居る実感は十分ある。

「誘ってんのか?」
「誘ったって無理なくせに」
「そうだな…」

大層がっかりな表情を見せた藤本に笑って返すと、メフィストは青い空の向こうに視線を送った。

―神様、幸せ過ぎて怖い。


陽が落ちるのが早い十二月だけあって、五時を過ぎると辺りは街頭が点き始め、賑やかだった人の声は落ち着きを見せる。
ケーキを買いに行くと言って出掛けたメフィストの帰りを待ちながらテレビを点けると、クリスマススペシャルと題して番組が繰り広げられている。
そう、今日はクリスマス。
神の生誕を祝うクリスマスは、神父として修道院に居た頃は一大イベントとして取り上げ、何日も前から準備に勤しんでいた。
一年前の今頃は、教会で歌を歌い、みんなでサンタクロースの格好をして食事をしたもんだ。
それが今年は悪魔と神の生誕を祝う。
不思議な話だ。
悪魔が神の生誕を祝うなんて誰が信じよう。
どうやらメフィストは、神様にお礼を言いたい気持ちでいっぱいらしい。
藤本は、そんな悪魔の事を思い浮かべていると、理事長室の扉が開く音がした。
きっと満面の笑みでケーキを手にこの部屋に入ってくる筈だ。

「藤本、ただいま帰りました」
「おう、おかえり」
「見てください、このケーキ。サンタクロースが乗ってます」

メフィストは、部屋に入るなり箱からケーキを取り出すと、自慢げに砂糖菓子のサンタクロースを見せてきた。

「可愛いのが乗ってんな」
「はい。これ、食べられるんですか?」
「砂糖菓子だから食べられるけど、あんまり食わねーよな。子供は結構食べたがるけどよぉ」

メフィストは砂糖菓子をしばらく眺めると「クリスマスパーティーをしましょう!」と言って指をパチンと鳴らした。

「アインス・ツヴァイ・ドライ」

得意の魔法をメフィストが唱えると、部屋の中にはクリスマスツリーが飾られ、テーブルにはチキンとシャンパンが用意される。

「お前、クリスマスの事、結構知ってんだな」
「悪魔と言えど、物質界に長く住んでますからね。クリスマスツリーぐらい知ってますよ。さぁ、藤本、座ってください」

促されるままソファに座ると、メフィストが隣に座る。
そして、クリスマスケーキに蝋燭の火を灯すと、部屋の電気が消えた。

「藤本。貴方の歌が聴きたいです」
「はぁ?何でだよ」
「私、知ってるんですよ。クリスマスに教会で子供達と歌を歌ってた事」
「あれは神父だから、仕方ねーんだよ。仕事だ、仕事」

そう言ってはみるものの、メフィストは引き下がる気は全くないようで、歌ってくれと何度も言ってくる。

「わかったよ。少しだけだぞ」
「はい。お願いします」

藤本は咳払いを一つ吐くと、ゆっくりと息を吸いこんで歌った。
その歌声を目を閉じてメフィストは聴き、藤本が歌い終わったと同時に目を開けた。

「素敵です、藤本」

メフィストはパチパチと手を叩くと、二人で一
緒に蠟燭の火を消した。
真っ暗になった室内を指をパチンと鳴らしてメフィストは電気を点けると、ケーキを食べる準備に入る。

「折角のクリスマスパーティーだというのに、貴方が食べられないのがとても残念です」
「良いんだよ、俺は。腹減らない体質になってるから」
「でも…」
「お前が嬉しそうに食べる姿見れるだけで十分だからよ」

藤本は物質界に戻ってきてから、一度も食物を口にした事はない。
なぜなら、全く空腹を感じないからだ。
メフィストに触れる事が出来ても、物を掴んだりしても、その感覚は全くない。
メフィストの方も触れられた所で感覚はないと言っていた。
ただ、一ヶ月間、条件を満たせばメフィストを感じる事は可能となる。
もし、完全体を取り戻す事が出来たなら、その時はメフィストを力いっぱい抱きしめてキスをしよう。
そう藤本は思った。

「藤本、いやらしい顔になってます」
「何だよ、それ」
「目つきがいやらしいです」
「いやらしい事してーと思ってるから、しょうがねーだろ」

藤本はメフィストの口角に付いた生クリームを指の腹で拭い取ると、ペロっと舐めた。

「味しねーわ」
「そうですか…」

完全体になる日を夢見ながら、藤本とメフィストはクリスマスを過ごし、そして、新年を迎えた。


☆☆☆


「それでは、行ってきます」
「おう。留守番は俺に任せとけ」

正十字騎士團日本支部の会議に呼ばれたメフィストは、正装に着替えて朝早くに部屋を出て行った。
残された藤本は、メフィストを見送るように理事長室の窓から歩く姿を見つめた。
外は澄んだ空が広がっていて、冬休み真っ只中の学園には誰の姿もない。
メフィストの姿が見えなくなると、ふとぼんやり、自分が交わした約束の事を思い出した。
それは、メフィストに伝えた事とは全く違う約束事。

命を絶ったあの日。
帰天するはずの体は、なぜか無に帰する事なく姿を変え存在していた。
その姿とは、所謂悪魔。
サタンに体を乗っ取られ、自ら命を絶つ事で憑依から解放されたかに思われた。
しかし、自ら命を絶った事により天へは昇れなかった体は、何故かサタンの力によって虚無界へと連れていかれた。
サタンの後ろを歩く自分を、悪魔達は物珍しそうに見ていた。
知らない空間で逃げ出す事は不可能。
逃げ出した所で、魔神サタンから逃げ切れるとは思えなかった。
サタンは何故、自分を虚無界へ連れて来たのだろうか。
息子の燐と繋がりがあるから?
それとも他の何か?
頭の中でいろんな事をグルグルと考えていると、憑依された時と同じ口調でサタンは藤本に声をかけた。

『知りたいか?』

サタンは全てを見透かしたような目で藤本を見た。

『お前には利用価値があんだよ』
「利用価値?」

やはり、燐と繋がりがある自分を利用するつもりなのか。
命を絶った所で燐を守れたとは思っていなかった。
それでも、虚無界ゲートが開いたあの瞬間は、守れたような気がしていた。
それなのに…

『元気そうだな、俺の息子』
「燐の事か?」
『違ぇーよ。メフィストの事だ』
「は?」

突然、予想外の名前が飛び出して、藤本は驚いた。
何で、今ここでメフィストの名前が出てくるんだ、と。
サタンの息子であるからと言えばそうだが、この状況だと、燐の話に普通はなるだろ。

『お前、メフィストと仲良いんだろ?』
「仲良いっつーか、その」
『親密な仲』
「それは…」

返す言葉がなかった。
友達とでも言っておけば良かったものの、サタンには何もかも見透かされているような気がして、言うだけ無駄だと思ったからだ。

『あいつ、全然こっちに帰ってこねーんだよ。すっかり人間が気に入っちまったみたいだな』

サタンは藤本を品定めするような目でチラリと見た。
藤本としては、恋人の父親の所へ挨拶に来たような居心地の悪さ。
まぁ、強ち間違いではないが。

「これから俺をどうするつもりだ?」
『そうだなぁ。息子のために利用出来る日まで、物質界でも見ながら過ごしてくれや』

息子とは燐の事か?
それともメフィスト?
良いように利用されるとは思っていないが、その日が来るまで大人しくしていようと藤本は決めた。

虚無界に来てから一ヶ月が経とうとしていた。
ここから覗く物質界は意外とクリアに見え、桜が散り緑がついた木々で囲まれる修道院も夏に入る準備をしているように見える。
長友を中心に修道院を支える修道士達に感謝しつつ、自分のために建てられたら墓に目をやると、真っ白いスーツに身を包んだ男が一人立っているのが見える。

―メフィスト!

墓には不釣り合いなピンクに彩られた花束を片手に、メフィストは立ち尽くしていた。
悪魔が墓参りだなんて、何、人間臭ぇ事やってんだ。
と傍に居たら笑い飛ばしてやるのに。
しかし、そんな人間臭い事をする悪魔は、花束を墓前に置くと、ポロりと涙を流した。

―嘘、だろ…。

一ヶ月経った今でも、自分のために涙を流すメフィストを見て、藤本は心を鷲掴みにされたように苦しくなった。

「メフィスト…ごめんな」

さよならも告げずに旅立った俺を許してくれ。
と、聞こえるはずのない恋人に藤本は言った。
それからもメフィストは、月命日が来る度に墓前に花束を残し涙を流した。
毎月毎月訪れるメフィストを、手の届かない虚無界から見つめながら、何とか出来ないものかと藤本は悩み、そして、立ち上がった。
行き先はもちろん…

「話がしてーんだけど…」
『そろそろ来ると思ったぜ。随分と耐えたみてーだな』
「目的は、これか?」
『まぁ…な』

サタンは藤本が命を絶った後、メフィストの涙を見て驚いたと言った。
きっとこの先、メフィストは泣き続ける日々を送ると見越し、消滅しかけた藤本を無理やり虚無界へと連れてきた。
サタンは自分の力があれば、藤本をまた物質界へ戻してやれると思っていたから。

「帰れるのか?」
『条件付きでな』
「そうか…」
『何だよ。もっと喜べよ』

喜びより戸惑いの方が大きかった。
今の自分の姿は完全に悪魔。
こんな姿でメフィストに会いに行けっていうのか?
会いに行って一体自分に何が出来る。

『コレでも息子達の事は可愛いと思ってんだよ。メフィストが泣いてる原因が手前にあるってんなら、物質界に帰すまでだ』
「で、条件は何だ?」

藤本の問いにサタンは指をパチンと鳴らすと、みるみる体は物質界に居た頃の藤本獅郎の姿へと変わる。
しかし、姿は戻ったものの、完全ではなく全てが半透明状態。
サタンは藤本に条件を伝えた。
物質界に居た頃に関わりのあった人間との接触を避けろ、と。
会えるのはメフィストのみ。
一か月もすれば不完全な体は物質界に慣れ、完全体へと戻るとの事。
しかし、完全体になったとしても、条件を守る事が出来なければ、全てが本当の無に帰すという。
と、言う事は。
物質界に帰る事が出来たとしても、燐や雪男、そして修道院の皆に会う事は出来ないという訳だ。   
簡単に言うと、藤本はメフィストのために物質界に帰るという事となる。

「要するに、物質界に帰ってメフィストの傍に居ろって事だな?」
『お前が傍に居りゃあ、あいつも泣き止むだろ?俺だって息子には幸せになってもらいたもんでなぁ』

そう言ってにやりと笑うサタンを見て、嫌な予感しかしなかった。

こうして藤本は今、メフィストの部屋で引きこもり生活をしている。
物質界の人間とは全く接触していないため、今の所、消滅する事無く平穏に過ごせている。
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