text〜シズイザ

□シズちゃん、ちょうだい
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シーンと静まり返った部屋に、足音だけが右へ左へと音を立てる。
そして、落ち着きのない足音の主は、その空間に居るもう一人の人物に多大なる苛立ちを与えていた。

「ねぇ、ウザいんだけど。ちょっとは落ち着いたらどう?」
「落ち着く?こんな日に落ち着いて居られるわけないだろ。波江さん、それ今日は何の日だか分かって言ってる?もし今日が何の日だか知らないって言うのなら、俺が丁寧に説明し…」
「わかってるわよ、それぐらい。あなたと違って私はちゃんと今朝、誠二からお返しを貰ったわ」

余裕の笑みを浮かべた彼女とは反対に、臨也は先にも増して落ち着きなく部屋を行き来する。
これは波江に対する嫌がらせとしか言いようがない。

「目障りだから、今日はもう上がらせてもらうわ」
「はいはい、どうぞ。精々、弟くんからの義理のお返しを楽しむが良いさ」
「えぇ、そうするわ」

何を言われようが動じない彼女は、トレンチコートを羽織って帰り支度をする。
そして、カバンを手に事務所を出ようとした瞬間、振り返って臨也に言った。

「良かったわね。明日はお休み頂く事にするわ」

何が良かったんだ。
と、臨也は波江の方を見ると、そこにはもう彼女の姿はなく、代わりに金髪のバーテン服の男が白い紙袋を手に立っていた。

「シズちゃ…」
「何、膨れっ面してんだよ」
「別に。つーか、遅い!」

仕方ねーだろ。
と、その男は言って、臨也の隣に腰を下ろす。
拗ねた臨也はなかなか手強いと知っている静雄は、口で何か言った所で勝てる訳がないと、ソファの上で膝を折り畳んで座る恋人をグイッと引き寄せて肩を抱いた。

「お前と違って、俺は雇われの身だから自由が利かねーんだよ」
「そんなの、解ってるけど…メールの一本でもくれればいいのに」
「遅くなるってメールか?それとも、愛してるとでもメールで送りゃ良かったのか?」

静雄の言葉に臨也は、膝と膝の間に頭を埋めると、それも悪くないかも。と、言った。
結局は構って欲しかったのだ。
何てわがまま。

「シズちゃん、ごめん」

今日の臨也は随分素直だと静雄は思った。
いつもなら、一筋縄ではいかないのに。
そんな可愛い気のある恋人をたっぷり愛してやろうと、顔を埋める臨也の耳元に静雄は口を寄せた。

「愛してる。ぐらい、メールじゃなくても言ってやるから、こっち向け」

臨也は魔法にかかったように顔を上げると、ゆっくりと静雄を見た。
その先には名前通りの優しい表情を向ける静雄が居て、早くなる鼓動を誤魔化す為に何か言おうと口を開くより先に、感じたことのある柔らかいものが、自分の唇を塞いだ。

「…ふっ……ん…」
「臨也…」

離れた唇から自分の名前が紡がれ、今度はもっと深く口づけを受ける。
どうにかなってしまいそうな自分を必死で抑え、息苦しいと伝えるように静雄の胸をトントンと叩くと、名残惜しそうに離れた唇は濡れていた。

「シズ…ちゃん。……早くちょうだい」
「あぁ、お返しな」

静雄は持参していた紙袋を取ろうと臨也から少し離れ、目的の物をあと数センチで掴む距離でグイッと腕を引かれた。          

「っ!おい、臨也っ!」             
ぐらりとバランスを崩し臨也の方へ倒れ込むと、自分を見上げる瞳は潤み、目元を赤く染めていた。

「シズちゃん、早く…」

臨也が両手を伸ばし求めると、それに答える様に静雄がぎゅっと抱き締めキスをする。

「お返し待ってたんじゃねーのかよ」
「お返しって、どうせシズちゃん、ホワイトデーフェアって看板に釣られて買ったものか、弟くんに相談して買ったものでしょ?」
「悪ぃかよ」
「ううん、俺はね…」

シズちゃんがホワイトデーをちゃんと覚えてくれてただけで十分なんだよ。と、言って、今度は自分からキスをする。
そして、静雄に視線を合わせると、真剣な眼差しで言葉を紡いだ。

「俺達は学生時代から殺し合いの喧嘩をして憎しみ合い、今は本気の恋愛をして愛し合う。それは全て俺だけが許されたもので、俺も君としか許さない。だから、シズちゃん。俺は君の全てが欲しい」
「…手前はバカだ」

静雄は目の前の恋人を包み込むように抱き締めると、全部くれてやるよ。と、言った。
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