text〜古キョン

□Sweet 10 years【完結】
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「少し遅れます」

そう電話で告げられてから、30分が経とうとしていた。
待たされるのは慣れている。
と言っても、待ち合わせ場所で待たされた事は一度もない。
いつもは古泉の家で、待たされるというよりは待っているといったところだ。
機関に所属している古泉は、どんな状況であったとしても呼び出されれば有無を言わず出向くわけで、いつも申し訳なさそうに背を向ける姿を見送っては待ちぼうけを食らっていた。

俺は待ち時間を有効に使うような器用さを持ち合わせてはいない。
だから、古泉を待っている間はいろんな事を考える。
所謂考え事ってやつだ。
今、俺が何を考えているかは、まぁ言わなくてもわかるよな。
俺を30分も待たせている男の事だ。
きっと大慌てで、ロングコートをヒラヒラと靡かせながら現れるに違いない。
そして、遅れた理由をつらつらと並べながら頭を下げて謝るんだ。
怒ったりしないのに、何度も何度も謝る奴なんだよ、あいつは。

すっかり日も落ちて冷え込んできたのも束の間、目の前を白い粒が舞った。
行く末を眺めていると、冷え切ったアスファルトに身を沈め消えていった。
隣にも、その隣にもどんどんと白い粒が落ちては消えていく。
空にはどれ程の白が舞っているのだろうと見上げたら、真っ白な雪がフワフワとまるで踊っているかのように風に身を任せていた。

「寒い…」

それから数分も経たない内に、はぁはぁと息を切らせて古泉は現れた。
そして、ロングコートの裾をヒラヒラと靡かせて、何度も何度も頭を下げた。
予想通りの行動に噴出した俺を、目の前の男は不思議そうに見つめ返してきた。
ただ、一つだけ予想と違った。
遅れた理由をこいつは視線を逸らして、仕事が長引いて、と言った。
これはきっと…嘘だ。

「行きましょうか」

古泉は柔らかい笑みを俺に向けると、すっかり冷え切ってしまった俺の手をとって歩き始めた。
外で手を繋ぐのはルール違反だと文句をつけてやったが、その手が離れる事はなかった。
いつもなら残念な顔をして手を離すものの、「今日だけは、お願いします」なんて少し低い声で言われたもんだから、俺も素直に受け入れて目的地までの道程を、男同士手を繋いだまま無言で歩いた。
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