text sample〜シズイザ

□千年初恋
1ページ/2ページ

本文P4〜


永遠の命より欲しいもの。
千年という長い月日の中で出会った最強の妖怪に俺は、
―恋をした。


鬱蒼と茂る山林を無我夢中で駆け抜ける。
木の枝を掻き分け、パサパサと皮膚に触れる青々とした葉を気にせず進むと、眼前に大きな湖が広がった。

「もう、限界」

はあはあと乱れる呼吸を整えるように、肺いっぱいに息を吸い込んで吐く。
また吸い込んで吐く。
そうやって深呼吸を繰り返しながら後ろを振り返ると、もう追手の姿はなく胸を撫で下ろした。
妖が蔓延る人間には見えない裏世界で、猫又として千年以上生きている俺の名は、臨也。
何故その名がついたのかは知らない。
気が付けば周りの妖怪達が俺の事をそう呼び、自分より若い者達は情報通である俺を慕った。
妖怪・人間共に観察対象として、情報屋なんてものを始めた俺に、一部の若者は協力者として動くようになった。
そして、その者達が俺の信者だとか言われているのを耳にした事がある。
うん、そんな呼び方も悪くない。
情報屋と一言で表現するにはとても奥が深く、個人情報を扱ったり、上級妖怪との取引も行うため、常に俺は危険な状態に晒されていた。
それでも、この仕事が辞められないのは、情報の取引の中で揺れ動く妖怪達の心情を観察するのが楽しいからだ。
ここまで逃げてきたのも、ある上級妖怪との取引で起こったトラブルで、その部下達が明け方に襲い掛かってきたから。
以前パルクールというものを取得していたため、軽い身のこなしで何とか撒く事が出来たけど、余りにも執拗に追いかけてくるもんだから、かなりの持久力が試された。
まぁ、まだ体力は落ちてないみたいだけどね。

「随分遠くまで来ちゃったな…」

誰に聞かせるでもなくそう呟くと、俺はきょろきょろと辺りを見渡した。
こんな所まで来たのは初めてで、正直今自分が何処にいるのかわからない。
道という道を通ってきた訳ではないため、どの方角から来たのかも定かではない。
まぁ、人間と違って家を持っているわけではなく、定住する必要もない。
暫くはこの綺麗な湖の傍で暮らすのも悪くないと思った。
先ずは近辺の状況確認をしようと辺りを見渡すと、距離にしてどれくらいだろうか、少し離れた場所が黄色く光っていた。

一体あれは何だろう。

人間が何か光を放っているのかな。
情報収集が好きな俺が行かない訳がない。
しかし、それよりも何か惹かれるものを感じた。

湖の外周に沿って歩き、まるで光の入口なのかと勘違いしそうな緑の間を抜けると、そこに広がったのは、人間が何かを光らせていたのではなく、その空間が何らかの形で光っていたのでもなく、狐の様な尻尾を光らせた妖怪が立っていたのだ。
今まで結構な数の妖怪と出会ってはきたが、こんなきらきらと光る妖怪は初めてで、千年も生きてきた自分にも、まだまだ知らない事がたくさんあるのだと、内心胸を踊らせた。
声をかけるか、かけまいか。
目の前の妖怪が自分にとって無害か有害かなのかさえわからない段階では、じっと観察するしかない。
そう思った俺は声をかけず、ただその動向に目を瞠った。
よく見ると、尻尾だけではなく耳の先から足の先、つまりは全身がきらきらと光輝いている。
しかし、その輝きは少しずつ体の内側に納められていくような形で消え始めた。
そして、最後の光が完全に消えてしまった瞬間に、俺はつい、小さく声を漏らしてしまった。

「…あ」
「誰だ、手前」

光を失ったその妖怪の声は少し低めで、先ほどの輝きとは違い落ち着いたものだった。
金色にきらきらと輝いていたものだから、てっきり特殊な妖狐なのかと思っていたのだが、よく見るとどこか違って見える。

「君、妖狐じゃないよね」
「違ぇよ。俺は狼だ」
「狼…」

言われてみれば狼に見える。
妖怪には動物から変形したものがたくさんあり、現に自分もそうなのだから、大して驚きはしない。
しかし、狼の妖怪に出会ったのは初めてで、しかも何故あんなに光輝いていたのか、気になる所はたくさんある。

「ねぇ、一つ聞いても良いかな?」
「何だ?」
「何でそんなに光ってたの?」

俺の問いに、彼の眉毛がぴくりと動いた。
あ、もしかしたら聞いてはいけない事を聞いてしまったのかもしれない。
でも、今の距離ならすぐに逃げられるし、襲いかかってきても大丈夫かな。

「キレると光んだよ」
「え?」
「喧嘩売られてキレると全身が光んだよ」
「へぇ…」

じゃあ、さっきも喧嘩の後だったって訳か。
キレると光るって、所謂怒りが光となって外に
放出されるって事?
力とかも強くなるのかな。
それって、何かの漫画に出てきそうなもんだよね。

「君、強いの?」
「わかんねぇ。でも、喧嘩で負けた事はねぇ」
「それ、すごく強いよね」

すらっとしたスタイルに毛並みの良い尻尾。
色はグレーに近い青ではあるけど、光ると金色に見える。
そして、髪の色は通常モードでも金髪。
もういっそ妖狐とでも言っといた方が良いのではないかと思わせるような出で立ちではあるが、だからといって妖狐にあんな綺麗な金色を見せる事は出来ない。
目は切れ長で目つきが悪そうに見えるが、とても端正な顔立ちで、最近の人間界でよく口にされているイケメンという言葉がぴったりのように思う。
まぁ、その容姿からだろうか、喧嘩を売られやすいタイプなんだろう。
俺はこの妖怪とお近付きになりたいと思った。
こんな特殊な妖怪なら絶対自分を楽しませてくれる。
それに、あのきらきら光る輝きをまた見たいと思ったからだ。

「ねぇ。君の名前教えてよ。俺は、臨也」
「臨也?変った名前だな。俺は、静雄だ」
「静雄くんね。よろしく」

得意の営業スマイルで右手を差し出すと、それに答えるように彼が俺の手を握る。
触れた肌は自分よりも少し体温が高くて心地良い。
キュッと握り返すと、彼は照れ臭そうに頭を掻いて俺に言った。

「その呼び方、やめろ。静雄でいい」
「んー。じゃあ、シズちゃんにするよ」
「シ…シズちゃんだぁ?」
「そう、シズちゃん」

俺はもう一度彼ににっこりと笑顔を向けると、シズちゃんという渾名をつけられた妖怪はやはり「静雄でいい」と譲らない姿勢だった。
それでも俺の中ではシズちゃんが一瞬にして確立されたため、今後もずっとその呼び方にしよう、と心に決め、それと同時にこの狼をもっといっぱい光らせてやろうなんて考えていた。

「俺、ここに迷い込んできて良かったよ」
「お前、迷子なのか」
「迷子って表現は止めてほしいな。今日からここの地に住もうと思ってるから、よろしくね」
「あぁ…」

自分とは違い口数の少ないシズちゃんとの会話が、結構心地いいと思った。
彼は今まで出会ってきた妖怪とは違い、何か自分に大きな影響をもたらすような気がしてならない。
まぁ、それは追々わかるだろうし、今は現状を楽しもう。
俺はウキウキした気分でシズちゃんに別れを告げると、コートのポケットに両手を突っ込んで、その場から立ち去った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ