text sample〜シズイザ

□ハピネス☆☆☆
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本文P3〜


いつからだろう、こんな関係になったのは。
そんな事をふと考えてみた所で良い関係だった時期は一度もなく、最初から最悪な始まりだったと思い出し笑うしかなかった。
もう少し違う始まり方が出来ていたら、こんな苦しい思いなんてしなくて済んだのに、なんて今更後悔の波に押し寄せられながら、目の前のパソコンに映る池袋最強と言われる男を眺める。

「我ながら女々しいよね、全く」

もう一人室内に秘書というポジションの人間が居る事にも構わずポツリと呟く。
俺が仕事以外の事で何か言った所で、彼女には何の興味も無いわけだから、何を呟こうが俺の自由。
だから、大いに呟く。

『恋心』という言葉は辞書で引くまでもなく、恋しいと思う心。
そんなもの今まで感じた事も意識したこともなかった俺が、どうしてこんな言葉を思い浮かべるかと言うと、最近になって自分の心にそういう感情が芽生えてしまったからだ。
きっかけ?
そんなの覚えていない。
気がついたら気になって、構ってほしくて、自分の中で特別になっていた。
そう考えると、もしかしたら学生時代からその人物に対してそういう感情を抱いていたのかもしれない。
けれど、あの頃の自分たちの関係を思い出すと、あり得ない。
だからと言って、やっぱり学生時代と今とで関係に何も変わりはないんだから、どうして今更こんな感情に苦しまなくちゃならないんだと、腹立たしくも思える。
こんな事になると最初からわかっていたら、もっと自分なりに良い関係を築こうと努力しただろうに。

「はぁ、やんなっちゃうよ」
「何が嫌なのか特に興味はないけど、鬱陶しいから何とかしてくれないかしら」

うちの秘書は相変わらず手厳しい。
冷やかな目つきで俺の方をチラッと一瞬見て、再度書類整理に手を動かす。
秘書としては優秀なんだけど、もう少し雇い主に優しくしてもいいと思う。
まぁ、彼女にとって弟以外はどうでもいい存在なんだろうから、優しさなんて求める方が間違っているのかもしれない。

「ちょっと外に出てくるよ。何時に帰るかわからないから、定時になったら適当に帰って」
「言われなくてもそうするわ」

ですよねー。
なんて、俺は心の中で言葉を返しながら、コートを羽織って携帯を手に取ると、事務所兼自宅のマンションから外へ出た。

「うわ、今日は暑い」

コートを羽織るなんて冬を思わせる行動をした俺。
しかし、ゴールデンウィークを間近に控えたこの時期は、はっきり言って暑い。
でも、コートはどうしても譲れない。

「そろそろ夏用にしなくちゃね」

道行く人は七分袖や薄着の着こなしで、俺のこのスタイルは大分目立つ。
それでも気にせず駅までの道を縁石の上をぴょこぴょこと跳ねながら歩くと、あっという間に新宿駅の文字が見えた。
行先は池袋。
最近の俺にとって選択肢はこれしかない。

「わざわざ会いに行くなんて健気だよね、俺」

改札を通って当たり前の様に山手線に乗り池袋へと向かう。
この動作は日常茶飯事で、俺にとって池袋は切っても切れない縁なわけ。
まぁ、生まれ育った地だから当然なんだけど、あそこに行けば会いたい人に会える。
人間全てが好きだなんて言ってた癖に、一人の人間に感情移入してるなんて、ホント呆れる。
でも、翌々考えてみると、人間全てが好きでシズちゃんが大嫌いなんて言ってたぐらいだから、その時点で一人の人間を特別視しちゃってるって事だよね。
ホント俺って全然ダメ。
過去と現在を比べながらごちゃごちゃと考えていると、車内では池袋とアナウンスが流れた。
ポケットに手を入れたままホームへと降り立つと、その街独特の雰囲気に心が跳ねる。
この街には彼が居る。
そう思っただけで、生まれ育った街も特別なものへと変わる。
何となくだけど、新宿と池袋じゃ匂いも違う様な気がする。
これと言って何がと聞かれれば答えられないんだけど。
そんな中で俺の匂いで居場所を突き止めちゃうシズちゃんの嗅覚ってホントすごい。
見つけられる度に臭いって言われるから、彼にとって俺の存在はやっぱり良い意味ではない。
それって結構今の俺にはダメージが大きい。
人間関係ほど修復が難しいものはないと俺は思う。
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