text sample〜シズイザ

□Secret Heart☆☆☆
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梅雨が明け夏本番といった暑さが到来した日本列島。
人が集まり三十度越えなんてものが日常と化しているここ池袋に、この数日間シトシトと雨が降り続いていた。
時々当たる雨の雫と湿度で少し長めの前髪が額に張り付き、タバコを吸おうにも傘が邪魔で火も点きにくい。
弟の幽から貰ったバーテン服も、歩く度に足元の水が跳ね上がり、ズボンの裾を濡らす。
全ての事が障害に感じ少しイライラが募る【池袋最強の男】平和島静雄は、上司であり中学時代の先輩でもある田中トムと現在の仕事である取立てに回っていた。
雨特有の鬱陶しさを感じている時は早く雨が上がる事を願うのに、晴れたら晴れたでアスファルトから照り返す温度に文句をつける。
人間ってホントわがまま生き物だ。
なんて思いながら、静雄は事務所に電話をしているトムの横を並んで歩く。
どうやら社長に電話をしているらしい上司の話声を右から左に聞き流して、早く雨が上がらないかと空と睨めっこをする。
睨めっこという言葉がとても似合わない静雄に、電話を終えた上司は珍しい言葉を吐く。

「今日はもう帰っていいぞ。雨も降ってるし、なんかやる気出ねーんだわ」
「トムさんでもそんな事あるんすね。でも、社長は何て?」
「期日までにちゃんと回収できりゃいいから、今日はもう上がって良いってよ」

そう言ってドレッドヘアの髪をワシャワシャと掻く上司の姿を見て静雄は急に入った半休をどう過ごそうかとぼんやり考える。
出歩くのには適さない天気だなぁと空を見上げて、思い浮かんだのは犬猿の仲と言われている【新宿の情報屋】。
しかし、その頭に浮かんだ男をすぐ取り消し、人と建物でゴチャつく見慣れた景色に視線を戻す。
朝から降り続けた雨が小降りになり、よく通る花屋の入口にヒマワリが揺れているのが目に入る。
地に根を生やした大きなヒマワリを最後に見たのはいつだっただろう。
と、昔の記憶を辿るように静雄は視線を流す。
その先にある黄色の花弁を豊富に付けた太陽の様なそれは、色とりどりの花を集めた小さな店でキラキラと光っていて、あぁもう夏なんだな、と既に夏を迎えているというのに、雨続きで忘れかけていた感覚を取り戻す。

「夏っすね」
「何だよ、急に」
 
今更何言ってんだ?といった顔を上司にされ、それもそうだ。
と納得した静雄は、もう一度雨の中でも存在感を示すヒマワリを見て花屋の前を通り過ぎた。
すると、ポケットに入れていた携帯が今度は存在感を示すように音を立てる。
液晶画面に映し出された文字が非通知で、取るか取らないか少し躊躇ってから通話ボタンを押すと、意外にも声の主は馴染み深い男からのものだった。

「あ。シーズちゃん」
「臨也!」

何故非通知で掛けてきたのか、と言うツッコミは盛大に忘れて、静雄はいつもの様に反射的に苛立ちを露わにしていた。
何度も言うように【池袋最強の男】と【新宿の情報屋】は犬猿の仲で有名である。
池袋で臨也の姿を見れば、どういう状況であろうが静雄は一目散に追いかけて、街中のありとあらゆるものを、意図も簡単に投げつける。
そんな関係である折原臨也が電話を掛けてくれば静雄が苛立ちを示すのは当然の事で、彼が静雄の電話番号を何故知っているかと言うと、それは情報屋を仕事にしている者に取っては入手する事なんて簡単である。
と、誰もが想定するだろう。
しかし真実は現実とは違い、二人の関係が親密である故の事で、そんな事を回りの人間達には知られていないというのがまた池袋の不思議でもある。

「シズちゃん、仕事中?」
「何、普通に電話かけてきてんだ。で、何で非通知なんだ?」
「仕事中だったら悪いと思ってさ。それに、誰かと一緒だと、俺からの電話出ないでしょ?」

まるで友人の様に会話をする臨也に、静雄は更に苛立ちを見せた。
先に言った事が真実であるというのなら、親密な関係である臨也にそんな態度を取る必要はないだろう。
しかし、人前での彼らは必ずお互いを敵視しているという様な行動に出る。
そう、彼らは実は恋人同士であるという秘密の関係を隠すためにカムフラージュしているのだ。

「で、何の用だ?」
「新宿に来てよ」

電話の向こうで臨也が言った言葉に、何でこいつはいつも突然現れたり突然意味のわかんねー事を言い出したりと突然ばかりなんだ。
と、頭ん中で抗議する。

「バーカ。誰がお前に会いに行くか。殺されてーのか?」
「それは勘弁。でもさ、会いたいんだよねぇ」

上機嫌な様が電話の向こうの表情を読み取る事が出来ないただ声だけの状態でもあからさまにわかる程、臨也の声は弾んでいた。

「気持ち悪い事言ってんじゃねー」
「待ってるから。シズちゃんはきっと来てくれる、よね?」
「ふざけんな」

自分からのお願いを優しい静雄なら必ず聞いてくれるだろう、と断定する様に言った臨也の言葉なんて完全無視だと心に誓った静雄は、携帯が壊れるんじゃないだろうかという勢いで通話終了ボタンを押した。
そんな静雄の様子を隣で見ていたトムは、いつも折原臨也の事となるとイライラしている姿を何度も見ているというのに、二人の関係を薄っすらと気付いていた。

静雄が働く事務所は週休二日制をとっているものの、回収が上手くいかない時は休日も返上して仕事をしている。
上司のトムが回収に行く時は、用心棒である静雄は必ず出勤するわけで、そうなると週の殆どを二人で過ごす事になる。
プライベートまで顔を突っ込むトムではないが、静雄とこうも四六時中一緒にいれば、折原臨也との関係も少なからずバレるというものだ。

「たまには新宿にでも行って気分転換してこいよ」

上司の提案が意外にも意外で、他の奴に言われたならキレていた所だろう。
自分達の関係がバレていないと思っている静雄は、トムが気を使ってくれているなんて事に気付きもせず、なんでそんな事を言うのだろう、ぐらいにしか思わなかった。
それでも、トムのいう事に対しては素直に動く静雄はすんなり返事をして新宿へと向かう事にした。
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