text sample〜古キョン

□Wish
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世の中に神様を信じる人はどれぐらい居るのだろうか。
目に見えない架空のモノにすがって生きてきた人間はかなりの数居るに違いない。
昔から何かの時には神頼みやらをしてきた母親を見る限り、結構な人数で神様を信じていそうだが、まぁ、俺はそんなもの信じない。
神様にお願いをして叶えて貰えるのならば、世の中万々歳だぜ。

なぜ俺がこんな事をつらつらと語っているかと言うと、そろそろ今年も終わりを告げようとしている十ニ月三一日、同級生の谷口が縁結びの神様が居ると言われている神社へ初詣に行きたいなんて電話をかけてきたからだ。
俺は白々しく、その神社へ行ってどうするんだ?なんて問うてみたら、携帯から耳を離したくなる程でかい声で、「彼女が出来るように神様にお願いするんだ」と言った。
その時の俺は呆れた口調で、「合格祈願なら付き合ってやらん事もないが」と返事をしたのに、谷口の奴は一人盛り上がって電話を切った。
その時の俺の溜め息ときたら、かなりの幸せを逃したと言われかねん盛大なものだった。
縁結びの神様に合格祈願をしたところでその神様はきっと、ここで合格祈願されても叶えてやれんぞ、なんて眉をハの字にして気の毒な奴だとでも思うんだろう。
だからって、わざわざ別口で神社へ参ろうだなんて思わないのは、俺はやっぱり神様を信じていないからだ。
だが、言っておこう。
あくまで、現時点で、だ。


*  *  *


「キョンも誘われたんだ」
「じゃあ、お前もか」

最寄り駅近くの公園を集合場所と指示され、駐禁を取られないよう祈りながら自転車を止めていたら、聞き馴染んだ声が背後からした。
俺と同じように、いつも谷口のくだらん女の話に相槌を打っている仲間の一人、国木田だ。
女子の中では可愛いで通っている容姿のこの男、実はかなり腹黒い。
もう一つ付け加えるなら、観察力が半端ないから、こいつの前では行動や言動に注意しないと、全て見透かされそうで怖い。
まぁ、既に何でもお見通しなのかもしれんが。

「お前も彼女が欲しい口か?」
「まぁ、欲しくないと言えば嘘になるけど、今の時期神頼みするんだったら、合格祈願だよね」

同感だぜ、国木田。
志望校の合否によっては人生大きく変わる可能性もあるこの時期に、合格祈願より彼女云々言ってる余裕なんて全くない。
まぁ、谷口にそんな余裕があるとも到底思えんが。

「わりぃ、待たせたな」

絶賛彼女募集中!の谷口が上機嫌で現れたもんだから、俺は大きな溜め息を吐いて天を仰いだ。
そしたら雲一つない空が広がっていて、それが忘れられないものになるなんて、この時の俺には予想など出来なかった。

パンパンと二度手を叩いて手を合わせる。
あれ?形式はこれで合ってたっけ?
俺は今、縁結びの神様とやらの前で、「志望校に合格しますように」なんてジャンル違いな願い事をしている。
どうやらこの境内には学業の神様も居るらしいのだが、わざわざ行くのはめんどくさいと言うか、眼前に居るとされている神様が、学業の神様に俺の願いを伝言してくれれば良いのに、とか考えている。
隣に居る国木田が、学業の神様の所へも行こうと言い出したら行こうじゃないか。
こういう考えを罰当たりだと言うのならば、俺は神様の力によって大学落とされるかもしれん。

参拝者で賑わう中、えらく長い願い事をしている谷口とは違いサラッと終えた俺は、この人ごみから脱出しようと体を通す隙間を探していた。
次から次へと流れてくる人の波に逆らって、脱出方向へ体を向けてはいるものの全く動けないで居ると、突然左手を捕まれてグイグイと引っ張られた。
何が何だかわからず驚いていると、視線の先には薄茶色の髪をサラサラと靡かせた長身の男が居て、どうやら俺を誘導してくれているらしかった。

「あ…あのー」

声を掛けてもこの賑わいの中では聞こえる筈もなく、ただ今はこの人に身を任せるしかないと思った。
前を歩くその男の進む先はどんどん道が開けて、まるでどうぞお通りくださいとでも言われているみたいだった。
避けてくれた人の中からポツポツと聞こえる言葉に『かっこいい』と言う単語が含まれていたような気がするのは、後でツラを見てから確認しよう。

「急に手を引いたりして、すみません。大丈夫でしたか?」

人ごみから無事脱出した俺にくるりと向き直って声を掛けたその男は、モデルさんだろうかと思う程のイケメンだった。
いや、もしかしたら俺が知らないだけで、モデルなのかもしれない。
男の俺でも見惚れるその容姿は、イケメンという表現よりはハンサムという言葉がピッタリだと思う。
あぁ、ハンサムって言葉はもう死語だっけ?

「なるほどな」

俺は納得の言葉を口に出してしまい、目の前の男は不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。
顔が…近い。

「すみません。余りにもかっこいい方だったんで、何か納得してしまって」
「と、言いますと?」

だから、顔近いって。
そんなに見つめられると、男相手に赤面してしまいそうだ。

「こんなかっこいい人になら、そりゃみんな道を譲るだろうと思って」
「あなたにかっこいいと言って頂けるのは、とても嬉しいですね。しかし、道を開けてくれたのは背が高い分、威圧感でもあったのではないでしょうか」
「俺なら、あなたが困っていたら迷わず道を譲りますが」

何言ってんだ、俺。
名前も素性も知らない男とペラペラと喋って、らしくないな。
でも、何だかこの人と居ると…楽しい。

「では、僕が頼めばあなたは何でもしてくれるのでしょうか?」

そう言って、目の前の男はさらに顔を近付けて微笑んだ。
何だ!何なんだ!
心臓が大暴れして、高鳴りが周りに聞こえそうだ。

「キョーン!やっと見つけたぜ」

突然聞き慣れた声が耳に届いて振り向くと、そこには谷口と国木田が居て、助かったと言うか残念と言うか、何か不思議な気持ちに陥った。

「お友達ですか?」
「はい、すみません。話してる途中で」

俺は頭をぺこりと下げて、「少しの時間でしたけど、楽しかったです。じゃあ」と言って、もう一度頭を下げた。 
名前だけでも聞いておけば良かったかな、なんて思いながら振り返ったら、やっぱりかっこいい…なんて思わせる男はひらひらと手を振っていた。

「キョンは、ああ言う人がタイプなの?」

突然隣に居た国木田がとんでもない事を聞くもんだから、動揺しているのを全力で隠して、「そんな訳ないだろ。第一、相手は男だ」なんて白々しく答えた。
タイプなんかじゃ決してない。
俺は至ってノーマルだ。
ちょっとドキドキしたのは、あの人がかっこよくて、顔が近かったからだ。
あぁ、俺は一体誰に何言い訳してるんだか。
この意味わからん感情が何なのかわかる奴は、俺に教えてくれ。
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