text sample〜古キョン

□恋いしくて
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あと少しで春が訪れようとしている3月。
いろいろあったSOS団のメンバーは無事進級を控え…と言うか、無事と付けざるを得ないのは俺だけなんだが、相変わらず市内探索なんぞを行っていた。
この市内探索…
もう何度も行っているが、一度も不思議とつくものに出くわした事がない。
もうそろそろ止めてはどうかとも思うんだが、そんな事を言うとハルヒの機嫌を損ねちまうわけで、そうなると古泉が忙しくなる…というサイクルだ。
俺が古泉の事を気にかけるようになる日が来るなんて思いもしなかったが、人の気持ちなんてわからないもんだ、全く。
ぼんやり考え事をしていると、突然最前列を歩いているハルヒが振り向いた。

「お腹が空いたわ。今日はもう帰りましょう」

またかよ。
ハルヒの気まぐれ。
不思議がありそうだからとか言って、学校裏の丘に行きたいとか言ってなかったか?
途中まで坂を登らせておいて解散って…ったく。

「おい、ハルヒ。ここまで来させて帰るのかよ」
「そうよ。私、坂を登り始めて感じたのよ。この先に行っても、不思議な事は待ってないってね」
「だったらもっと早く言えよ。半分以上登っちまったじゃねーか」

だいたい、不思議な事は待ってないって…いつもは待ってるように感じてるのか?ハルヒは。

「あら、キョン。折角だから上まで登ってきなさいよ。女子にはこの坂、結構キツいわ」
「オイ、ハルヒ!何で俺が【不思議な事は待ってない】と感じた丘のてっぺんまで行かなきゃならん。無駄足だ」

「そうでしょうか」

俺はクルリと後ろを向いて帰る体勢に入った。んだが…
隣を歩いていた副団長様がとんでもない事を言ったもんだから、一歩も踏み出せず硬直してしまった。

「ここまでの道のり結構時間も費やした事ですし、女子に代わって登ってみるのも悪くないかもしれませんね」
「お…おい、古泉。何言ってんだ?登るならお前一人で行け。俺は行かん」

眉間に皺を寄せ古泉を睨んだが、全く効かず。
得意のスマイルで見返される始末。
あーあ…
次に返される言葉は読めてるぜ、ハルヒ。

「古泉くん、さすがだわ。副団長に任命した私の目に狂いはなかったわね。さぁ、キョン!古泉くんと一緒に頂上まで登ってきなさい」
「断ったらどうなるん…」
「団長命令よっ!」

断る権利ナシかよ。
古泉も古泉だ。
何が嬉しくて坂を登らなきゃならん。
坂なら通学路ので十分だぜ。
ま…古泉の事だから「あなたと一緒なら」とかほざくんだろうが…

「キョンくん…」

古泉は至近距離で俺に囁いた。

「ただ…あなたと一緒に丘に登りたかったんです」

予想通りのコメント、サンキュ。
で…いつの間にお前はこんなに近くに移動したんだよっ!

「あーもぉ、顔が近いっ!」

古泉は残念そうな顔で俺から少し離れると、最高の笑顔を取り戻し歩き始めた。

「では、行ってきます」
「頼んだわよ。もし何か起こったらすぐに連絡してちょうだい」
「わかりました」


*  *  *


俺達は寒空の下、頂上目指し歩き始めた。
当初の予定とは大きく異なるが、ま…古泉と二人の方が気が楽だ。
坂を登っていると時々当たる手。
寒さで冷えたお互いの手が何度目か触れた時、古泉がギュッと俺の手を握った。

「寒いですね…」
「あぁ…」

敢えて振り解く事はない。
ここで手を繋いでいたからって…
誰に会うわけでもないし、隠す必要がない。
古泉もそれを承知の上で行った行為のはず。
これがもし登下校や街中であったのなら、一発殴ってやるのは決定事項なんだがな。
俺より少し冷たい古泉の手が俺の存在を確認するかのように力を込める。
大丈夫だ…俺はちゃんとここに居る。
そう古泉に言い聞かせるように握り返す。

「頂上、見えてきましたよ」
「やっとだな」
「不思議な事、起こりますかね?」
「さあな。今まで一度も起こった事ないんだ。そう簡単に遭遇するわけないだろ?」
「そうですね」

少しずつ赤みを帯びた空が見えてくる。
一歩先を歩く古泉の髪がオレンジ色に染まって、綺麗だ。
サラサラと風になびく古泉の髪に見とれていると、その髪の主が振り返って、笑顔を見せた。

「あの…僕の前を歩いてくれませんか?」
「?…なんでだ?」
「いえ、何となく…」

変な奴…と俺は呟いて、さっきとは逆に俺が一歩先を歩いた。
何なんだ?いったい…。
別に一緒に並んで歩いても良かったんじゃないのか?
やっとの思いで頂上に到着すると、すぐ後ろから声がした。

「キョンくん」

俺は咄嗟に振り向いて体ごと古泉に向き直る。
と、その瞬間古泉の匂いがフワッと届いて抱きしめられていた。

「綺麗です。あなたの後ろがオレンジ色にキラキラ輝いて、髪も染まって。とても眩しいです」
「同じ…だな…」
「え?」
「なんでもない…」

びっくりした。俺と同じ感想を古泉も持っていたなんて。
ただ、俺と古泉の違いは…

―言葉で表現するかしないか―
俺には到底できないさ、そんな事。


*  *  *


学校裏にこんな場所があるなんて…正直驚い
た。
全く人気のない丘。
ここまで来るには結構大変だったりするから、綺麗な夕焼けが見れるなんてみんな知らないんだろうな。
ま…知らない方がいい。
今、俺と古泉でこの景色を独占なんだぜ。

古泉と…

「どうかしましたか?」
「いや、すごいな…と思って」
「えぇ。これは涼宮さんに報告すべきなんでしょうか?」
「やめ…とこうぜ」

二人だけの秘密にしたい。
古泉と共有出来る秘密を沢山作りたい。
俺のちょっとしたワガママ。

「また、あなたとの秘密事が増えましたね」
「あぁ…そうだな…」

夕焼けというものは、人の心を動かすものだと俺は思った。
あまりにも綺麗で感動を覚えるのに、日が沈むに連れ儚さが増し、寂しい気持ちが溢れ出る。
ずっと夕焼けが続いて、このまま古泉と一緒に居られたらなんて思わせるぐらい、効果絶大だ。

「やはり、冷えますね」
「あぁ…」
「お腹も空きました」
「そうだな」

俺は古泉の手をギュッと握って、もう反対の手を自分の上着のポケットに突っ込んだ。

「あっ…」
「どうしました?」

ポケットの中でコロコロと転がる物を掴んで古泉に見せる。

「腹の足しにはならんだろうが」
「ありがとうございます」

銀色のキラキラ光る包み紙で包まれた飴。
朝、家を出る時に妹が俺のポケットに入れたんだった。
古泉に3個手渡すと、とても大事そうに包みを開け、口に入れた。
役に立ったぜ、妹よ。

「甘いです」
「当たり前だろ」
「そうですね」

古泉はフッと笑うと、俺の首に手を回してそっとキスをくれた。

―甘い甘いキス―

日はすっかり沈んで、赤く染まっていた空は夕焼けから真っ暗な夜空に移行していた。
こんな景色の中でのキスなんて…反則だぜ、古泉。

「…ん……」
「大好きです、キョンくん」

俺は完全に古泉に?それともこの夜空に?酔ってしまったのか、普段なら絶対口にしないであろう言葉を発していた。

「また、お前とこの夜空を見に来たい…」
「えぇ…絶対来ましょう」

首に回っていた手はいつの間にか腰に回っていて、体が一つになってしまうんじゃないかというぐらいきつく抱きしめられていた。
こういうの…幸せって言うんだろうな…

お互いが感じていた幸福感はいつまでも続く事はなく、古泉のポケットで震える携帯に遮られた。
ブーンブーンと鳴り続けるバイブ音。
俺はこの音が嫌いだ。

「出ろよ」
「すみません…」

古泉は名残惜しげに俺から少し体を離すと、携帯を取り出し、液晶画面を見て溜息をついた。

閉鎖空間の出現か…

お前の顔を見てりゃ、それぐらいわかる。
もう何回お前を送り出してると思ってるんだ?
その携帯を閉じたら、お前は言い難そうに俺に告げるんだろ。

「あの…」
「仕方ないだろ?それがお前の任務なんだからさ。帰ったら必ず連絡するんだぞ」

俺達はお互いの手をギュッと握り合って丘を下りた。
 

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