text sample〜古キョン

□10年後もKISSをしよう ☆☆☆
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「園長先生、明日十五時から面接お願いします」
「面接?」
「なんか訳ありみたいで、園長先生に相談も兼ねてだとか」
「わかりました」

ここ涼宮北幼稚園は、俺の同級生で若くして園を立ち上げた、涼宮ハルヒが経営する幼稚園である。
そのオーナーである涼宮ハルヒは他にも手広く経営を行っているため、殆どここへは顔を出さない。
高校卒業を機に保育士の道に進んだ俺は、ハルヒの呼びかけでこの園に就職し、気が付けば園長となっていた。
まぁ、押し付けられたという表現の方が正しいだろう。

「うちの園は、訳ありな家庭でも多く迎え入れていますからね。来られるのは親御さんだけですか?」
「いえ、お父さんとそのお子さんです」
「じゃあ、明日来られたら園長室に二人を通してください」
「はい」

高校を卒業して十年…俺もいい歳になった。
高校時代の出来事も、今や遠い昔の過去とされ、宇宙人・未来人・超能力者が口々に言っていた、ハルヒの願望を実現する能力もすっかり消えてしまったらしい。
何故なら、古泉の所属していた機関はハルヒの力の消失を確認し、朝比奈さんは未来に帰った。
長門は…宇宙に帰ったりするのだろうか。
この地球に存在するのかは不明だ。

物思いに更けっていた俺は、園長室の窓から見える夕日に目を細めた。
子供達は皆親御さんの元へ帰っただろうか。
園長と言っても所詮はただの保育士。
面接だけが仕事ではない。
少子化が進んでいても共働きの家庭が増え、沢山の園児を抱えている上に人手不足。
園長としての仕事は保育士の仕事の合間に行っているようなもんだ。
子供達がその日一日安全に楽しく過ごし、ちゃんと親御さんの元へ帰ったか確認するまでが俺の保育士としての仕事だ。

「今日も一日お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」

仕事終わりの挨拶を済まし園長室へ戻ると、
机の上には明日面接予定の子供の資料が置いてあった。

「はるきくん…か」

どんな子が来るのか楽しみにしながら、俺は詳しく資料には目を通さず帰る事にした。


*  *  *


園の朝は早い。
出勤が早い親御さんのために、早くから子供達を預かれるようにしている。
自宅から園までを愛車のマウンテンバイクで通う俺は、夏の太陽がギラギラ照りつける中、リズム良くペダルを漕いだ。

「えんちょうせんせい、おはようございます」
「あさみちゃん、おはよう」
「キョンせんせー、おっはようー」
「たくやくん、おはよう。今日も元気だな」

園に到着し駐輪場に愛車を止めていると、何人かの園児が声をかけてくる。
早くから園に来ている子供達は、早出の保育士が看てくれている。

「キョンせんせー、きょうスイカでる?」
「さぁ、どうかなぁ?たくやくんが楽しくプール遊び出来たら、出るかもしれないな」
「じゃあ、ぼくいっぱいあそぶよー」

俺は周りに居た子供達の頭を順番に撫でると、ヒラヒラと手を振って職員室へと向かった。

「おはようございます」
「園長先生、おはようございます」
「今日も一日子供達が安全に楽しく遊べるように頑張りましょう」
「はい」

朝礼が終わると俺はプール遊びのためにせっせと準備に取りかかった。
他の先生方は子供達の着替えに対応してくれている。

「キョンせんせー、もうはいっていい?」
「まだ準備運動してないだろー?みんながそろったら始めるから、もう少し一緒に待とっか?」
「はーい」

全員が揃うまでの間、俺は早めに出てきた子供達とプールの水で水遊びをしていた。

「園長先生、全員揃いましたよ。あらら…先生びしょびしょ」
「やられちゃいました」

子供達を整列させ準備運動を始める。
夏の炎天下の中でも子供達はとっても元気だ。
暑さにやられて俺は…もう歳か?
額から流れる汗を拭いながら、元気にプールで遊ぶ子供達を眺める。
そういえば、高校時代夏休みには必ずプールへ行ってたっけ。
他にもいろいろと振り回され、俺の夏休みは毎回宿題と金欠に悩まされたもんだ。
あの頃は、なんだかんだ言って充実してたよな。

好きな奴だって居た。

「先生?」

昔の思い出に浸っていた俺を、隣に立っていた先生が不思議そうな顔で呼び掛けた。

「大丈夫ですか?疲れてらっしゃるんじゃ…」
「あぁ、すいません。子供達を見ていたら、昔の事をいろいろ思い出してしまって…」

俺はプール上がりの子供達に渡すスイカを取りに行く事にした。
昔の事を思い出す時は決まって高校の時だ。
それ以前の記憶は実は無くて、高1からハルヒが世界を創造したのではないかと思う時がある。
いや、しかし…ガキの頃の思い出も確かにあるわけだから、それだけ高校時代の思い出が強烈だったとしか言いようがない。
不意に思い出すみんなの顔がいつも笑顔なのは、楽しい思い出として刻み込まれているからだろうか。
そして、俺は忘れられないでいた。
最後に見たあいつの顔を…
あいつとは、古泉一樹の事。
まぁ、なんだ…その、恋人だった。
高校3年間は超能力者として機関に所属し、いろんな意味でハルヒに振り回されていた。
歳を重ねるごとにハルヒの力は弱まり、卒業する頃には閉鎖空間が発生する事はなかった。
やっと俺達二人に平穏な日々が訪れると思っていた矢先に、古泉の所属する機関は残酷な結末を与えた。
それは…古泉に、この地を離れSOS団との連絡を一切断てという命令だった。
はっきり言って、これは永遠の別れってやつだ。
まぁ、神と扱われた存在のハルヒと近い存在にあった古泉を、機関も野放しにするわけにはいかなかったのだろう。
卒業式の日、古泉は俺に小さな紙切れを渡しサヨナラを告げた。

『十年後』

ただ、そう一言書かれた紙切れに、『十年後に何だよ!』ってツッコミを入れたっけ?
今年が丁度あれから十年に当たる。
古泉と別れた春は過ぎ、もう夏真っ盛りだ。
あんな紙切れを渡した張本人は、すっかり内容など忘れてしまっているんだろうが、いまだに古泉の事を引きずっている俺は、この十年を思い出に縋って生きてきたんだ。

「そろそろ気持ちの整理をつけないとな…」

なんて口にはしてみても容易い事ではなく、古泉からの連絡を待っている女々しい自分がここに居た。


*  *  *


「もうすぐ面接か…」
幼稚園の1日は早い。
あっという間に昼が来て、ご飯を食べてお昼寝タイムに子供達を寝かし付けた頃に、一息つける状態だ。
俺は園長室で面接までの時間をゆっくり過ごす事にした。
眠い…

「…んせい」
「…ん…?」
「園長先生!」
「は…はい?」

机の上にうつ伏せになってうたた寝をしていた俺は、面接の時間になっているというのに、本日の面接者を園長室まで案内してくれた先生に起こされるまで、夢の中をさ迷っていた。

「先生、お父さんとそのお子さん来られましたよ」
「はい、通してください」
「古泉さん、どうぞ」

あぁ、まだちゃんと目が覚めてないんだな。
古泉さんとか聞こえたし。
きっと、さっき古泉が夢に出てきたからだ。

「失礼します。相変わらずですね。ほら春樹、園長先生に挨拶しましょうね」
「えんちょうせんせい、こんにちは」
「こ…こんにちは…」

…え?えぇっ?
この人、古泉って呼ばれてなかったか?
俺が知ってる古泉に顔も声もそっくりだぞ。
やっぱりまだ夢から覚めてないんだな。
うん、そうだ。
動揺が隠せない俺は、昨日渡されていた資料に目を向けた。

『父…古泉一樹 長男…春樹』

何で昨日気付かなかったんだ?

「十年振りの再会がこんな形ですみません」
「お前…ホントに古泉なのか?」
「えぇ、わからなくなるほど老けてはないと思うんですが」
「あぁ…高校時代と全く変わってないぜ」
「あなたも」

十年振りに現れた元恋人は、高校時代と変わらずのイケメンだったが、大人の色気を身に纏い、さらに良い男となっていた。
ただ…感動の再会とはいかず、古泉に子供が居るという現実を突きつけられた俺は、淡々と面接を進める事にした。

「春樹くん、今いくつかな?」
「よんさい」
「四歳かぁ。春樹くんはいつも何して遊んでるのかな?」
「ボールけったり、なげたりしてるよ」
「お友達と?」
「えっとね、ボールけるのはともだちと。ボールなげるのはパパ」
「へぇ」

パパ…か。
古泉は十年前の紙切れの事なんて忘れて、ちゃっかり父親になったわけだ。
心のどこかで、いつか古泉が迎えに来てくれるかもしれないなんて淡い期待を抱いていた俺がバカだった。 
なんかイライラする。

「ねぇ、せんせい。パパとゆっくりおはなししたい?」
「え?」
「パパね、なんにちもまえから…せんせいにあうの…たのしみにしてたんだよ」
「春樹、どうしたんですか?急に」
「だってパパ…」

言葉に詰まった春樹くんは突然俺の方に駆け寄ってくると、足元に抱き付いた。

「だいすきなひとと…いっぱいおはなししたいでしょ?」
「春樹くん…」

俺は笑った顔が古泉とそっくりな春樹くんを抱き上げて背中をポンポンと叩いた。

「ぼくね、ぐるぐるしたい」
「え?」

ぐるぐるの意味がわからないでいる俺に古泉は補足説明を入れた。

「園内を回りたいんですよね?」
「うん!」

古泉の言葉に春樹くんは満面の笑みで答えた。
かわいい。
俺は春樹くんを抱っこしたまま片手で内線電話をかけ、案内してもらえる先生を呼んだ。

園を案内してくれる先生が迎えに来るまで、俺は春樹くんの好きな食べ物や好きな事をいろいろ聞いた。
やっぱり、好きだった奴の子供はかわいいもんだな。
古泉に似て頭も良さそうだ。
あ…好きだったって言葉は相応しくないか。
まだ俺は引きずってるからな。

「じゃあ、いってくるね」
「先生に迷惑かけてはいけませんよ」
「はーい」

春樹くんは元気よくブンブンと手を振ると、俺の方を見てウインクをした。
四歳でウインクするとは、さすが古泉の息子だな。


*  *  *


さて、何から話したらいいんだ?
別れてからの十年を語られても辛いだけだからな。
園の説明でもするか。

「早速この園についてだが…」
「キョンくん!」

古泉は突然俺の名を呼んで懐かしい距離まで近付くと、力いっぱい抱き締めてきた。
折角園長としての役割を果たそうとしていたのに、台無しだ。

「お前なんて、嫌いだ」
「僕はずっと好きでしたよ。あなたの事を忘れた日は一日もありません」
「嘘つき。嫌いだ嫌い…大…嫌いだ…っ…」

俺は古泉の背中に手を回して大粒の涙を流していた。

「あなたを…迎えに来ました」
「そんな事知らん。帰れ」
「いや、しかし…。こんなにギュウギュウと抱きつかれては、帰るにも帰れません。おや?耳が赤いですよ」

古泉はクスリと笑うと、俺の髪を優しく梳いた。
あぁ…俺がこれに弱い事、知っててやってるから質が悪い。
久しぶりに感じる古泉の温もりと匂いに幸せの天使が舞い降りて来たんじゃないかと思っていたのも束の間、俺は古泉が父親である事を思い出し、咄嗟に突き放した。

「キョンくん?」
「お前、面接に来たんだろ?」
「それも兼ねてあなたを迎えに…」
「そんなおかしな話があるかよ」

俺は不機嫌剥き出しで園の案内書を取り出すと、古泉を座るように促した。

「じゃあ今から園の説明するから」
「ちょっと待ってください!あなた…何か勘違いしているんじゃ」
「何の事だ?」
「春樹の事です」

聞きたくないと思っていた。
聞いてしまったら、きっと辛くてまた泣いてしまう。
俺の十年間の想いが粉々に砕けてしまう。

「お前がいつ誰と結婚して作った子かは知らんが、大丈夫だ。春樹くんは責任を持って園で預かるから」
「はぁ…。まずはあなたの誤解を解かなければならないようですね」
「誤解?」

古泉は真剣な表情で真っ直ぐ俺を見ると、『涼宮さんの力が十年経った今にも影響するとは…』と訳のわからん事を言った。
 

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