text〜藤メフィ

□たこ焼きという名の…
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それは、二十年も前の話。
その日は見事な程の秋晴れで、今にも外へ飛び出したくなる程の澄んだ空気が室内を包み込んでいた。
窓から吹き込む風が、何度も外へおいで。と、促すようにそよそよと流れるが、それに答える余裕もなく私の手は書類の上で忙しなく働いていた。
何でこうなる前に、少しずつ片づけておかなかったのか。
毎度、書類との戦いが始まると、そんな後悔で一杯になる。
それでも、一向に書類を溜め込む癖が直らないのは、自分の興味の無い事には無頓着で手が進まないという事と、始めたら止まらないゲームのせいだろう。

「いつまで、でしたっけ?」

大方、締切の期限には予想がついているものの、敢えて室外で待機している團員に声をかけると、一秒待たずと返事がくる。

「今日中です。変な気を起こそうなんて思わないでくださいよ、フェレス卿」
「わかっています」

そう。
私は完全に見張られているのだ。
この目の前の書類を片付けない限り、大好きなゲームで遊ぶ事も外に出る事も出来ない。
自室の窓から見える真っ青な空を見つめながら、私は一つ大きな溜息を吐く。

「お腹が空きました…」

そういえば、朝からろくに食事を摂っていない。
それだけ集中して仕事をこなしていたとは言えるが、流石にもうそんな集中力は残っておらず、気持ちは外へと移るばかり。

「早く終わらせて、何か美味しい物が食べたいです」

誰に聞かせるでもなくぶつぶつと呟いていると、机の上に設置された電話が室内に鳴り響いた。

「もしもし…?」
「おい、メフィスト!今何やってんだ?」
「何って、貴方。仕事に決まってるでしょ?」
「そうかそうか、かわいそうになぁ。腹減っただろ?」
「べっ…べつに」

言葉とは反対に、腹の虫はギュルルと鳴り響く。
何でこの男は私の言葉を聞いていたかのように電話をかけてくるのだ。
しかもタイミング良く、というか悪く。
この男というのは、我が正十字学園の卒業生であり、若くして上一級祓魔師まで上りつめた男、藤本獅郎。
銀色の髪に赤い瞳を持ち、日本人離れした容姿ではあるものの、日本特有の物を良く知っており、私に日本の良さを教えてくれたのも彼と言っていいだろう。

「で、何の用ですか?貴方確か、任務に出ているはずですよね?」
「あ?そんなもん、ちゃちゃっと片付けたに決まってんだろ」
「何がちゃちゃっと、ですか。じゃあ、要件もちゃちゃっとお願いします。私、忙しいんですよ」
「何だよ。可愛くねーなぁ、お前」
「可愛くなくて結構です。もう、切りますよ」
「おい、待て待て!」

藤本の声の向こうでは、何やら祭り事の様にざわざわと雑音が響いている。
まさか、任務の先で祭りを楽しんでいるというのでしょうか。

「なぁ、メフィスト。ちょっとこっち来いよ」
「こっち来いって…貴方今どこに居るんですか?」
「大阪」
「はぁ?」

この電話口から聞こえる雑音は祭りの音ではなく、ただの人ゴミというわけですね。
に、しても…
なぜ急に大阪に来いだなんて。

「藤本。私の話聞いてました?今、忙しいって言いましたよね?」
「あぁ、言ったな」
「だから、行けるわけないでしょ?」
「でも、お前いつも忙しいって言うじゃねーか」
「私は貴方と違って抱えてる仕事の量が違うんですよ」

呑気な藤本の声を聞いてしまったら、今にも得意の無限の鍵で大阪に向かいたくもなる。
誘惑するのが悪魔だと言うのに、私はいつも藤本という人間に誘惑されてしまう。
そして、いつもそれに乗ってしまうのだ。

「ところで、なぜ私に大阪へ来いと…?」
「お前、たこ焼きって食った事あるか?」
「たこやき…?何ですか、それは?タコの丸焼きでしたら、ちょっとお断りします」
「違ぇよ。タコは入ってっけど、丸焼きじゃねーし、見た目まん丸くて可愛いぞ」

全く想像はつかないものの、だからこそ食べに行きたくなってしまう。
ちょうどお腹も空いていたところだ。
そのたこ焼きとやらを食べに行こうか…。
しかし、問題は目の前の書類と見張り。
まだまだ終わりが見えない仕事を片付けてからでは藤本は待ちくたびれてこちらへ帰ってきてしまうだろうし、だからと言って、途中放棄で大阪へ向かうにも、今回は見張りが徹底されている。
どうしたものか。

「そのたこ焼きをとても食べたいとは思っているのですが、私…見張られていまして。そちらへは出向くことが出来ません。またの機会に…」
「よし、わかった。俺、今からそっち行くわ」
「え…?今からって、貴方、大阪に居るんですよね?」
「お前なぁ。無限の鍵ならすぐじゃねーか。熱々のたこ焼き持って行ってやるから、目の前の仕事ちゃちゃっと終わらせとけよ」

朝からフル回転で疲れた頭は、どうやら働きが鈍くなってきていたようで、自分が無限の鍵で大阪に向かうという考えはあっても、藤本が無限の鍵でこちらへ来るという選択肢は全然浮かばなかった。
私とした事が。
空腹で低血糖な頭は休みを要求しているようだ。

「わかりました。ちゃちゃっと仕事を終わらせますので、最高に美味しいたこ焼きを持って帰ってきてください」
「おう。任せとけ」

藤本の電話を終えると、私はものすごいスピードで山積みの書類に目を通したのだった。
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