text〜藤メフィ

□最後の… ☆☆☆
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「メフィストーっ!今日泊めてくれ」
「ちょっと、いきなり何なんですか!?」
「な、良いだろ?良いよな?決定な!」

若き頃の藤本獅郎は、とにかく全てがハチャメチャと言って良い程に、行動が予想斜め上を行き、随分と振り回されたように思う。
私の心を鷲掴みにして離さなかったのは、長く生きてきた中で藤本ただ一人だけ。

「教会に帰らなくて良いのですか?」
「良い年頃の男が朝帰りぐらいどうってことないだろ」
「ダメに決まってるでしょ?そんな色めいた事、よく言えたもんですね。それに、明後日から遠方への任務を言い渡した筈です」
「わかってるって。だから…」

泊まらせてくれ。
と、藤本は真剣な眼差しで私に言った。
その瞳は私を射抜き、金縛りにかかった様に体が言う事を利かない。
今回の任務は正直危険を伴うもの。
だからこそ、家でしっかりと休息を取ってもらいたいというのに、藤本はこういう任務の際は決まってこの屋敷を訪れる。
そして、肌を重ねた。

「なぁ、メフィスト。これが最後かもしんねーんだよ」
「貴方、そんな事言って、私に何度…っ!」
「…すまん」

藤本の手は私の体温より遥かに高く、彼と出会わなければきっと人間というものがこんな温かな生き物だと知る事は無かっただろう。
触れ合った唇から伝わる体温は肌よりも熱く、歯列をなぞるようにキスを受ければ、そこからはまるで人間にでもなったかのように体温は上昇した。

「…っん!ふ……じもと」
「もうプライベートなんだから良いだろ。名前呼べよ」
「し…ろう……っ」

堪らず首に手を回し密着度を高めても、藤本は器用に私の着衣を脱がしていく。

「白いな…」

そう言って彼は私の胸に手を這わせた。
まるで心音を確認するように顔を近付けると、次には突起に唇を落とす。

「あっ…!」
「お前、弱いよな…ここ」

楽しそうに愛撫する藤本を見ていられなくて、彼の頭を掻き抱くと、それはズルズルと下へ下りる。
危険を知らすサイレンが頭で鳴り始めた頃には既にベルトのバックルを外され、藤本の手は簡単にズボンを寛げていた。

「タイツ履いてなくて良かったぜ。あれ脱がすの面倒だからよ」

あぁ、タイツを履いておけば良かった。
と、私は心底思った。
こんなにあっさりと剥かれるなんて、なんか…悔しい。
そんな思いとは余所に藤本は身に纏った衣服を私の目の前で躊躇いなく脱いでいく。
露になった彼の均整とれた体をマジマジと見ていると、不意に顔を覗き込まれた。

「…どうした?」
「い、いえ」

見惚れていたなんて口が裂けても言えない。
藤本はイタズラな笑みを浮かべると、私の肩をトンと押して体をシーツに沈ませた。

「メフィスト…抱くぞ」

そんな事ストレートに言われてもどう返したら良いかわからず、腕で顔を隠すと、藤本がぎゅっと力一杯抱き締めてきた。

「…どう、しました?」
「………好きだ」

そう言われてしまえば、もうこの男のする事を何もかも許してしまいたくなる。
全く、藤本は凄い魔法の言葉を使う男だ。

少し低めの体温と中心部に集まる熱の温度差がひしひしと伝わる程に、藤本は遠慮なく攻め立てた。
必死に声を我慢し唇を噛み締めると、犬歯がプツリと肉を貫き血の味がする。

「声、出せよ」
「だって…、そんな事」
「声出さねーと辛いだろ?」

藤本の少し掠れた声に、私は頭を横に振った。
男の、しかも悪魔の色の付いた声なんて聞かせられない。
しかし、藤本はそんな私を嘲笑うかの様に、熱い熱の塊を後孔へと押し当てる。

「お前が声我慢するっつーなら、俺は我慢出来ねー程の事をするだけだ」

と、藤本は言い終えた瞬間に、一気に最奥まで侵入した。

「あぁっ…!」
「声出てるぞ」
「やっ…しろ…う。…んっ」

藤本は満足気な顔を見せると、律動を開始する。
身体中が支配された様な感覚に陥り、背中に手を回すと、少し長めの爪が彼の背中に傷を付けた。
そんな事に苦痛表情なんて微塵も見せない藤本が愛おしくてキスをせがむと、ふっと笑って唇が塞がった。

―あぁ、離れたくない。

そんな思いは届かず唇が離れると、藤本は耳元に唇を寄せ囁いた。

「もっと啼けよ。お前の声が聞きたい」
「んっ…や、です」
「ったく…わかったよ」

何がわかったのだ?
という言葉が頭に浮かんだ瞬間、勃ち上がった性器をキュッと握られ、律動が更に速さを増した。

「あっ…んっ…や、やめっ……しろう、あぁっ!」
「もっとだ。もっと啼けよ」
「ひっ…っ…あ、あ…っ…はなし、て…」
「こんなに気持ち良さそうなのに、離せるかよ」

強すぎる刺激にカチカチとハレーションを起こす。
耳には厭らしい水音と、耳障りな自分の声。
頭の中はジンと痺れて目眩がする。

「もう、ダメ…です……やっ、んっ」
「ダメって、なん…だよ?イきそうか?」
「ん…あっ…あ、」

もうまともな答えなんて返せずコクコクと頷くと、藤本は掠れた声で「…俺もだ」と、言った。

そこからの記憶は曖昧で、目が覚めると綺麗に浴衣が着せられ、隣に居た筈の彼は姿を消していた。

「お気を付けて、獅郎」

そう呟いて、私はもう一度目を閉じた。

☆ ☆ ☆

それから幾年が過ぎ、藤本は父親になった。
肌を重ねるなんて行為は、もう何年もしていない。
最後かもしれないと言った藤本の言葉は、危険な地へと向かう前の台詞ではなかったのだと、今になって気付く。
上司と部下という肩書きの元、頻繁に顔を合わせているというのに、彼の顔は若き頃のハチャメチャな面影はなく、すっかり父親の顔をしていた。

―あぁ、私はもう必要ないのですね。

その言葉を何度飲み込んだだろう。

チラホラと桜の話題がニュースから溢れ始め、大好きな桜餅にプスプスと爪楊枝を刺していると、藤本の訃報が入った。
動揺しなかったかと言えば嘘になる。
それでも、どこか覚悟出来ていたのか、涙一つ出やしない。

「最後…」

本当に全てが最後になってしまった。
もう二度と彼に愛される事はない。
そう思ったら、どこか心にポッカリと穴が開いたような気がした。

翌日。
私宛に一通の手紙が届いた。
差出人は藤本獅郎。
生前に投函したものだろうか。
それとも、誰かに託していたのか。

内容は双子の後見人についてのものだった。
最後まで父親としての任を果たそうとする藤本を少し憎く感じた。
言われなくても、最初からその気で居た。
最後に贈る手紙がこんな内容だなんて、彼らしいと思った。

「好きの一つぐらい書いてあっても良いでしょうに」

手紙を読み終えて、始めて藤本を失った事に実感が湧き、目頭がツンとした。
もう、彼の温かい肌に触れることも、耳に馴染む声も聞けないのかと思ったら、瞳からポタりと水気の物が落ちた。
バカらしい。
200年以上生きてきて、一人の人間の死に何で涙しなくてはならない。
手紙の終わりに書かれた彼の名前を見つめてから、添えるように重ねられた便箋を見たら、落ち着こうと努力していた心を掻き乱された。

「こんな最後って…」

―愛してる、メフィスト。

「…バカ」

☆END☆
 

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