text〜藤メフィ

□永遠
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時刻は夕方の5時を指していた。
青葉が茂るこの季節にもなると、陽が沈むのも遅くなり、玄関の扉を開けた隙間から明るい陽が射し込む程に昼が長くなったように感じる。
全身を黒で纏うこの服装も、そろそろ暑さを感じ始めてはいるが、こちらの感覚よりも見る相手に暑さを感じさせてしまうのではないのだろうか、と時々思ったりもする。

「じゃあ、出掛けてくるわ」
「お帰りは…?」
「夜中になる。燐と雪男には遅くなると伝えてくれ」
「わかりました」

綺麗に手入れした眼鏡のズレを中指一本で整えると、今から会う人物の顔を思い浮かべながら、両手をポケットに突っ込んで歩き始める。

「もう何回目になるかな…」

今日は5月9日。
そう、俺の誕生日前日。
もうすっかり恒例行事のように、9日は家へと招かれる。
誰の家かって言うと、簡単に言えば親友であるメフィスト・フェレスの屋敷である。
あくまで俺達の関係は表向きは親友。
しかし、二人で時を刻む時の俺達は、決してそんな簡単に表せられる関係ではなかった。

「いらっしゃい」
「よぉ、暑ぃな」
「その服、周りの熱まで吸収してるんじゃありませんか?」

そう言って、メフィストは俺の前まで足を進めると、首元から裾まで伸びるボタンを楽しげに胸元まで外した。

「おや…?」
「…何だよ?」
「わざわざ、どうも」
「…似合ってるだろ?」
「えぇ、とても」

メフィストの頬がほんのり赤みを帯びた。
黒づくめの服の中から現れたのは、派手なピンクにウサギのイラストが入ったシャツ。
以前、こいつがたまにはこういうのを着てみたらどうだ。
と、イタズラに寄越した物だ。

「照れんなよ」
「てっ…照れてませんよ」
「…そうか?」

ニヤリと笑ってメフィストの顔を覗き込むと、色付いた頬はさらに赤みを増して、その範囲は耳やら首までも広がっていた。
浴衣姿のメフィストの胸元にツーっと指先を滑らせると、触れた部分まで色付き、俺は気分を良くした。

「お前は随分涼しそうだな」
「ご希望であれば貴方の分もお持ちしますが…?」
「いい。すぐ脱ぐから」
「おや?大胆発言ですね」

そう言いながらも頬を染めるメフィストが不覚にも可愛いなんて思った俺は、完全に負けてる。
元々、翻弄されっぱなしではあるが。

丸テーブルに置かれた酒とつまみに舌鼓しつつ、中央に置かれた小さなホールケーキに目をやると、そこには長い蝋燭5本と短い蝋燭1本が存在を示していた。

「すっかり歳とっちまったな」
「じじむさいですよ」
「じじいに片足突っ込んでんだから良いんだよ。現に燐は俺の事、じじい呼ばわりだからな」
「はは、そうですか。でも…」

貴方は変わらない。
そう言ってメフィストはワイングラスに口をつけると、少し目を細めて赤い液体をゴクリと嚥下する。
あぁ、吸血鬼みてーだ。
そして、グラスがテーブルに置かれるまでの過程をじっと眺めると、自分も目の前の酒に口をつけた。

「お前はちっとも変わんねーな」
「そうですか?それなりに歳を重ねてはいるつもりですが。老いた姿が良いと貴方が言うのであれば、設定を変えても構いませんよ」
「いや、構わん」

お前はいつまでもそのままで居てくれ。
と、俺は心の中で呟いた。

「なぁ、メフィスト」
「何でしょう…?」
「強請ってもいいか?誕生日プレゼント」
「おや、珍しい。私で叶えられるものであれば、何でも用意しましょう」

目の前の悪魔は、ワクワクした面持ちで俺の口から放たれる言葉を待っている。
カタンと音を立てて俺は椅子から立ち上がると、綺麗にデコレーションされたケーキをつつくメフィストの唇を塞いだ。

「…っ…ん」

丸みを帯びた後頭部を押さえ、更に深く口付けると、メフィストの細い腕が俺の背中へと回される。
気が済むまで甘さが広がる口内を味わうと、銀の糸を紡ぎながら唇を離した。

「…で、貴方の希望は?」
「お前を俺にくれ」
「………は?」
「お前を……抱きたい」

そう言って腕を引っ張り立たせると、寝室へと足を進めた。

「ちょっと、急にどうしたんですか?」
「どうもしねーよ。抱きたくなったんだから、仕方ねーだろ」
「そ、そうかもしれませんが……貴方と私はもう…」

そう言って、続きの言葉を飲み込んだようだ。
だが、メフィストが何を言いたいのかなんて、聞かなくてもわかる。
そう、俺達は…
まる15年肌を重ねてはいない。
寝室の中央に設置された大きなベッドにメフィストを押し倒すと、露になった鎖骨にガブりと歯を立てた。
そこから下へと唇をずらし浴衣を緩めると、主張しはじめた突起を口に含む。

「…っ!……ろう」
「…あ?久しぶりだから、我慢出来ねーか?」
「ちっ…違います。な…んで……?」
「何でだろーな。急にお前が欲しくなったんだから、素直に食われちまえ」

そう言って15年ぶりに合わせた肌は、予想通り低めの体温で懐かしささえ感じた。


☆☆☆


時計の針がちょうど1時を指していた。
傍らで目を瞑るメフィストの髪を梳くと、すぐに目を覚ます。
こいつが寝ている姿なんてほとんど見た事がない。
本人曰く、睡眠時間は1時間だそうだ。
それでも飄々と過ごせると言うのだから、やはり人間とは細胞レベルで違うのだろうと感じる。

「もう、1時ですね」
「長居しちまったな」
「………獅郎」

名前を呼ばれて目を細めると、布団を力一杯握ってこちらを見るメフィストと目が合った。

「お誕生日おめでとう」
「ばーか。泣きながら言うやつがあるかよ」
「泣いてません」

そう言いつつも、ボロボロと目から涙を流すメフィストの頭をポンポンと叩く。
まるで、大きな子供がもう一人増えたみたいだ。

「子供扱いしないでください。私の方が貴方より遥かに年上なんですから」
「…そうだな」
「………獅郎」

またメフィストが俺の名を呼ぶ。
今度は、睫を濡らしたまま目を伏せているため、目を合わす事が出来ない。

「どうした…?」
「来年は…こうして、貴方と過ごす事が出来るのでしょうか」
「さぁな。来年になってみねーとわかんねぇよ」

正直、次はないと思った。
息子、燐の覚醒が近付いている事を俺が薄々感じているのと同様、こいつもきっと勘付いているのだろう。

「なぁ、泣くなよ」
「わかっています。貴方にこの身を捧げますから、どうか…」

死なないで。
そうメフィストが小さく呟いたのを俺は心の奥に閉じ込めた。

「ありがとな、メフィスト」

☆END☆
 

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