text〜藤メフィ
□別れの音
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コツコツと響く音色が少しずつ此方へと近付いてくるのを耳で感じ、あと何歩?なんて予想を楽しみながら頬杖をつくと、扉の向こうでその音は止まる。
「開いてますよ」
ノックが響く前にそう告げると、黒い袖がちらりと見えた。
「不用心だな」
「貴方だとわかっていましたから、問題ありません」
もう、何十年も聞いてきた足音。
聞き間違えた事なんて一度もない。
迷いのない、真っ直ぐ地に足を着け、強い意思を感じさせるその音が、彼自身を表していた。
「好きです、貴方のその足音」
「意味がわからんな」
「いいんです、別に」
彼をソファーに促して専用のカップに珈琲を注ぐと、スッと目の前に差し出した。
砂糖もミルクも要求しない、その真っ黒な様を見て、よく飲めるな…と毎度関心する。
甘党の私には考えられない。
彼は珈琲を一口喉に通すと、傍に設置されているローテーブルにカップを置いて立ち上がった。
あぁ、わかっています。
欲しいんですよね、私が。
彼の手が、私の顎を掴み引き寄せる。
目の前でにやりと笑う瞳に同じ様に笑って見せた。
「貴方、聖職者とは思えませんね」
「そうか?似合ってるだろ、これ」
「そうですね」
若き頃も今も、全身黒を纏ったその姿はカッコ良いなんて安易な言葉で表すには勿体無い程だ。
「とても好きですよ」
その容姿も、貴方を司る心も。
「そうかよ」
自然と唇と唇が触れる。
捕まえる様に彼の首に手をまわすと、更に繋がりが深くなって、うっすらと開いた口から侵入を許す。
あぁ、手放したくない。
いつか、貴方は私を置いていく。そんな事、出会った頃からわかっていた。
それでも、別れを迎えるのを恐れるほど、貴方は魅力的だ。
「メフィスト…」
こんな時に名前を呼ぶ貴方はずるい。
「悪魔を愛した聖職者は罪だろうか」
「そうですね。重罪です」
「そうだよな…」
それでも良い。
そう耳元で囁いて、彼はもう一度私に口付けをした。
貴方に永遠の命があれば、離れずに済んだのに。
そう思ったのは、3日も経たない雨の日。
彼が残した二人の子供の背を見つめながら、私はそっと呟く。
―愛してます…獅郎。
☆END☆