text〜藤メフィ

□Sweet Love ☆☆☆
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それはまだ暑さの残る九月。
夏休みという学生にとって最高に楽しめる期間を終え、まだ浮かれた気分が抜け切れていない生徒が多い中、ある一人の学生は少し疲れた面持ちで正十字学園の正門を通り抜けた。
日本人離れした銀髪に赤い瞳を持つその男の名前は藤本獅郎。
現在十八歳にして上一級祓魔師の称号を持つ、ヴァチカンより最も期待される男。
そんな彼の表情は、他の学生達とは違い少し疲れていた。
なぜなら、学生という立場でありながら祓魔師の仕事をこなさなければならない藤本は、昨日も遠方への任務に就き、帰宅した頃には日付が変わり、ろくに睡眠を取ることが出来なかったからだ。
十代の彼には全然足りない睡眠時間を補うため、クラスメイトとの挨拶はそこそこに、藤本は席に着いて机に顔を伏せて目を閉じる。
休み時間こそが彼の貴重な休息時間。
それから十分程経過した頃、藤本は後ろに座る男子生徒に背中をつつかれて目を覚ました。

「ホームルーム始まるぜ」
「おぉ、悪ぃ…」

藤本が礼の代わりに前を向いたまま、その生徒に右手をヒラヒラと振っていると、担任が一人の生徒を連れて教室へと入って来た。
教室がざわめく中、藤本は驚いた表情で担任の横で紹介を待つその生徒を見た。
制服こそ正十字学園のものを着ているが、紫の髪に触覚の様に跳ね上がったアホ毛。
緑の瞳にピンと尖った耳は間違いない。

―メフィストじゃねーかっ!

「今日からこのクラスに転校してきたヨハン・ファウスト君だ。さぁ、挨拶して」
「ポーランドより転校してきたヨハン・ファウストです。卒業まで数ヶ月ではありますが、よろしくお願いします」
「じゃあ…ファウスト君、空いてる席に座って」

本名を知っている藤本は、紹介された名前を心の中で復唱する。

―ヨハン・ファウスト、ねぇ…。

そして、メフィストはと言うと、クラスメイト達の視線を集める中、迷わず藤本の隣の席を選んで座った。
「よろしく、藤本君」
「何が…よろしく、だよ」

知り合いである事を隠す気がないのか、メフィストは平気で藤本に話しかける。

「藤本、知り合いか?」
「あー、…はい」
「じゃあ、よろしく頼むぞ」

担任は二人に笑顔を向けるとホームルームを始めた。
そして、先生の言葉にメフィストも便乗する。

「よろしく頼みますよ、藤本くん」

今にも星が飛び出しそうなウインクをメフィストは向けると、標的である藤本は大きな溜め息を吐いた。

隣に座るメフィストが気にはなったものの、何とか午前の授業を終えた藤本は、購買に向かうために席を立った。
ここ正十字学園は、頭のレベルが高く金持ち学校である事も有名で、学食となると、とても庶民が手を出せる金額ではない。
だから藤本は、昼休みになると購買に向かいパンや弁当などを購入して空腹を満たしていた。

「おや、藤本。どこへ行かれるのですか?」
「別にどこだっていいだろ」

そう言って、メフィストの問いに答えることなく教室を出る。
藤本は元々、クラスメイトと一緒に行動するのが苦手であり、一匹狼なところがあった。
だから、昼休みも購買で昼食を購入したら、屋上に上がって一人過ごしていた。
そんないつもと変わらない昼休みを今日も過ごそうと、藤本は購買へ足を運んでいた。
しかし、何かいつもと様子が違う。
すれ違う生徒達が自分のやや後方をチラチラと見ているようで、嫌な予感がするものの振り返ったら、やはり…

「ストーキングです」
「何、物騒な事さらっと言ってやがる」
「貴方が行き先を告げずに、私の前から姿を消そうとするからです」

上機嫌な様子のメフィストは、見つかってしまっては仕方がない。
と言いながら、隣に並んで歩き始める。

「で、どこに行くのですか?」
「購買だよ」
「おや、学食を食べないのですか?自慢ではありませんが、当学院の学食は食材にもこだわりを持ち、一流シェフの元で作られた、そこらの学園では食べられない貴重なものですよ。それを食べないなんて。何故です、藤本?」

当学園とか言っちまう理事長が一体ここで何やってんだ!
とツッコミを入れたいところではあるが、面倒くさいからと、藤本は適当に返事をする。

「学食は高ぇんだよ。庶民の俺にはあんな金額出せねーから、購買でパンを買う。それだけだ」
「そうですか。…わかりました。私も藤本と同じように購買でパンを買う事にしましょう」
「はぁ?」

藤本は、鼻歌を歌いながら自分の横を歩くメフィストをチラリと見て、何を言っても埒があかないと、また大きな溜息を吐いた。
このままでは、学校に居る間ずっと一緒に行動しなければならないのではないだろうか。
そんな事を考えながらも結局、生徒で溢れ返る購買部で、パンを掴み損ねたメフィストの分のパンも購入する羽目となる。

―結局面倒見てるじゃねーか、俺。

「何か言いましたか?」
「いいや。それは俺の奢りだから、ちゃんと食えよ。じゃあな」
「あ、ちょっと藤本。どこへ行くのです?」
「どこだって良いだろ」

またも藤本はメフィストの問いに答えず歩きだす。
今度はさすがに諦めただろうと後ろを振り向くと…

「だから、ストーキングですってば」
「そうかよ…」

当然のように、ニコニコ顔のメフィストが後ろからついて来ていた。

―こいつ、いつまで俺と一緒に居るつもりだよ。

一体メフィストは何の目的でこの学園に生徒のふりをして通い始めたのか。
そして、なぜ自分の傍から離れないのか。
いろいろ考えてはみるものの、メフィストの考える事なんてわかるわけがない。
この様子だと一緒に昼食を摂る事になりそうだから、その時にでも聞いてみるか。
そう考えた藤本は、今日中にメフィストの目的を聞いて、明日からの身の振り方を考えようと決めた。

藤本にとって、自分のお気に入りの場所を案内するのは初めてだった。
お気に入りの場所と言っても、昼食を取って昼寝をするには絶好のポジションだからお気に入りなのであって、そう良い所ではない。
何せここは、正十字学園の屋上なのだから。

「藤本、屋上ですか?」
「何でわかんだよ」
「私、藤本の事、結構知ってるんですよ」

得意げに言うメフィストを見ながら、何でこいつはこんなに自分に構ってくるんだろうと、再度考える。
正十字騎士團日本支部長でありながら名誉騎士。
自分にとっては上司であり、学園の理事長でもある彼が何故。
藤本は、元々自分が生意気である事を自覚していた。
メフィストに対する口の利き方を彼の取り巻きとして存在している團員に注意される事も多々あった。
しかし、その度にメフィストは、そのままで構わないと言った。
そんな問題行動の多い自分だから、監視対象にされてしまったのではないのだろうかとさえ思う。

「なぁ、メフィスト。俺、何かやらかしたか?」
「はい?いきなりどうしたんですか?」
「上から俺の監視でも頼まれたのか?俺が問題児だから、学園に潜り込んで俺を…」
「違いますよ!」

自分の声を遮って否定する、メフィストの少し大きめな声に藤本は驚いた。
そこまであからさまに否定されると逆に肯定されているような気分になる。

「じゃあ、なんで俺の周りをずっとついて回るんだよ」
「それは、ですね…。暇だったからです」
「はぁ?」
「最近は正十字騎士團も、この正十字学園も平和そのものです。だから正十字騎士團日本支部長であり当学園の理事長でもある本来多忙な私も、退屈しのぎがしたくなったのですよ」

屋上に上がってから、ずっと立ち話をしていた
二人の間を夏風が吹き抜ける。
急な風に一瞬目を細めたメフィストは、藤本に座るよう促す。

「お腹も空いた事ですし、食事をしながらお話しませんか?それにしても、この場所、寒くなってくると、昼寝するのは難しくなりますねぇ」
「お前、何で知ってんだよ」
「おや、これは失言」

そう言ってメフィストはにやりと笑って犬歯を見せると、手にしていたパンを開ける作業に入った。
そんな様を見ていた藤本は、一体こいつは何を考えているんだ。
と疑問に思うしかなかった。
お互い購買部で買ったパンを食べつつ、同じ場所で同じ時を刻む。
ずっと学園の最上階で見ているだけだった藤本獅郎の傍に居ることがこんなに楽しくて胸が高鳴るだなんてメフィストは思いもしなかった。

「なぁ、メフィスト。俺はお前が学生のふりして学園に潜入している訳が知りたい。やっぱり、どう考えても俺の監視だとしか思えねーんだけど」
「何度も言いますが、それは違います。貴方はとても優秀な生徒であり祓魔師です。監視など必要ありません。ただ、貴方を見ていて学園生活を送りたいと思ったのは、今の現状の一つだと言えます」
「何だよ、それ。俺を見てたって、どういう…」
「おや?気付きませんでしたか?まぁ、理事長室に来たがらない貴方が気付くわけありませんが、あそこから、この屋上はよく見えるのですよ」

藤本は学園内に居る祓魔師であるため、支部長兼理事長であるメフィストからの呼び出しも少なからずあった。
しかし、顔を出さずに電話で要件を聞こうとしたり、すっぽかしたりなど、なかなかメフィストの前に姿を現さなかった。
何故、藤本は自分を避けるのか。
嫌われているのではないかと、悩んだ時期もあったメフィストではあるが、それとは反対に藤本も悩んでいた。
彼が理事長室に近寄らない理由。
それは…
メフィストの事を密かに慕っていたから。

「私の事が嫌いですか?」
「そんな事ねーよ」
「そうですか。私は理事長室から貴方の昼寝風景を毎日見る程に、貴方の事が好きですけどね」
「なんだ、そりゃ」

メフィストにサラリと言われた好意を向ける一言に藤本の心臓は跳ね上がった。
しかし、悪魔であるメフィストに誘惑されているのかもしれないと思った藤本は、今の言葉を本気にはせず、リップサービスだと受け止める事にした。
きっと興味本位で自分に近付き、飽きた頃にポイッと捨てられるのだろうと。

「ずっと俺に、つき纏うつもりか?」
「はい、当然です。貴方と一緒に学園生活が送りたくて、私はここに居るのですから」

そう言ってメフィストはにやりと笑った。
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