text〜藤メフィ

□浴衣でデート ☆☆☆
1ページ/5ページ

蝉の声が外から合唱しているように鳴り響き、その声色が晩夏を示す種類へと変わっても、まだまだ暑さは遠退いてはくれず、南十字男子修道院の扇風機は忙しなく働かされている。

「ワレワレハ、ウチュウジンダ」
「藤本神父、何やってるんですか?」

扇風機の真ん前にしゃがみ込んでガキみたいに遊んでいると、俺に目線を会わせる様に同じくしゃがんだ若い修道士が声をかけた。

「こうも暑いと、扇風機の前から離れらんねーんだよ」
「いえ、扇風機で涼むのは良いのですが、何ですか?そのワレワレハって…」
「えぇっ?お前知んねーのかよ。こうやって扇風機の前で喋ると宇宙人みてーな声になんだよ」
「はぁ…」

呆れた顔で修道士は俺を見ると「お客様です」と言い残して立ち去った。
三十歳を過ぎたいい大人が何をしてるんだ。
と、呆れられたかもな。
ふぅっと溜息を吐いて、涼しい扇風機の真ん前から名残惜しげに立ち上がると、カソックの裾を叩いて身形を整えた。
また迷える子羊が悪魔に怯えてここを訪れたのだろうか。
それとも…

「ちょっ…お前!」
「ごきげんよう☆」

出迎えるまでもなく、来客は既に俺の目線の先数メートルまで距離を縮めていた。
真っ白なスーツを身に纏い縦縞のタイツと、それに似たような色の派手なブーツを履いたその男は、コツコツと踵を鳴らし俺へと近付く。

―あぁ、あっさり悪魔を通しちまうとは、この教会、大丈夫か?

「珍しいじゃねーか、メフィスト。ここまで来るなんて。そうかそうか!神に懺悔しに来たんだな。よし、じゃあ…言ってみろ」
「貴方、私が神に懺悔などするとお思いですか?他に用事があって来たんですよ」
「何だ、それならそうと早く言えよな」
「言う間も与えなかったくせに」

そう言ってメフィストは俺に紙袋を投げつけると、派手な傘をクルクルと回しながら呪文を唱えた。

「アインス・ツヴァイ・ドライ☆」

ポンっという音と共に巻き上がった煙の中から現れたのは、水色の涼しげな浴衣に身を包んだメフィスト。

「おい…どうしたんだよ、急に」
「急ではありません。貴方、忘れたんですか?」
 
メフィストは腕を組んでふくれっ面を見せる。

―俺は何かこいつと約束でもしていたんだろうか。さっぱり思い出せねぇ。

浴衣という単語を頭の中でぐるぐると巡らせ、恐らくしていたのであろう約束を思い出そうと努力する。
しかし、俺にとってのメフィストの浴衣姿は単なる部屋着としてのイメージしかなく、やはり約束は思い出せない。

「どうぞ、脱がしてください。って事か?」

言ったそばからパシッと良い音を立てて頭を叩かれる。
おい、そのハリセンはどこから出てきた!

「痛ってーなぁ」
「貴方が約束を忘れている上に変な事言うからです」
 
―だから、その約束が思い出せねーんだよ。

「去年、花火を見に行った時の事、覚えていますか?」
「あぁ、覚えてるぜ。お前が急に行きたいって言うもんだから慌てて行ったけど、殆ど見れなかったよな」
「そうです。で、貴方は…?」
「あぁ、思い出した!」
「自分で言っておいて、忘れるなんて」
「すまん」

来年はよく見える穴場に連れてってやる、って俺は言ったんだっけ。
それにしても、こいつは一年前の事を律儀にも覚えてやがったのか。
俺なんて、今日花火がある事も知らなかったっていうのに。

―可愛いとこ、あんじゃねーか。

「よし、行くか」
「当然です!早くそれに着替えてください」

去年は浴衣も着れず…
でしたから、なんて言いながら犬歯を見せて笑うメフィストを見ていたら、愛しさが溢れてきて堪らない。

―帰ったら力いっぱい抱きしめてやろう、うん。

「何、にやにやしてるんですか?」
「いいや、可愛い奴だと思ってよ」
「なっ…!」

こいつは、悪魔のクセにすぐ顔を赤くしやがる。

―ホント人間くせーよ、お前は。


紺の生地に白が描かれた浴衣に着替えて、革靴から下駄に履き替えると、上機嫌なメフィストが俺の襟首を掴んでキュッキュと正す。

「よくお似合いです」
「そうかそうか。お前が選んだ浴衣だろ?似合わない訳がない」
「そっ…そうですね」

襟首を掴んだまま、ほんのり頬を染めてそっぽ向くメフィストの顎をクイッとこちらへ引き寄せる。
しかし、視線を合わせようと顔を覗き込むが緑の瞳はこちらを見ようとしない。

「何、照れてんだよ」
「照れてなど、いません」
「じゃあ、キスしていいか?」
「だっ、だめです」
「何で…?」

メフィストは誰かを見つめるように視線を俺の後ろへとやった。

―何だ?おやじ(サタン)でも立ってんのか?

「貴方、聖職者でしょ?」
「何だよ、急に」
「神の前で…」

―あぁ、そういう事かよ。

メフィストの視線の先には、礼拝堂で祈りが捧げられる主祭壇がある。

―神に遠慮してこいつはキスを拒んだって訳か。

俺は空いた方の手でメフィストの後頭部を抑えると、キュッと閉じられた唇にキスをした。

「…んっ!」

小さく声を漏らしたメフィストが俺の胸をトンッと叩いて抵抗する。
そんなこいつから俺は渋々唇を離すと、今度は背に手を回してぎゅっと抱き締めた。

「何、気にしてんだよ」
「別に気にしてるわけでは」
「お前、知らないのか?」

そう言ってメフィストから体を離すと、少し瞳を濡らした悪魔の左手薬指にわざと音を立ててキスをする。

「藤本っ!」
「誓いのキスなら構やしないだろ?」
「貴方、バカでしょ!」
「そうかもな」

悪魔に誓いのキスなんてバカげてるかもしれない。
それでも、目の前の恋人が頬を赤らめたり、ころころ表情を変えたりする様を見ていたら、たとえこの先一緒に過ごせる時間が数年数十年しかなかったとしても、永遠の愛を誓いたいなんて思っちまうんだよ、俺は。

「聖職者失格かもな」
「そうですね。私にこんな事をさせる貴方は、聖職者失格ですよ」

細い白い腕をすっと差し出し、俺の首に手を回すと、まるで返事をくれたかのように、メフィストは触れるだけのキスをした。

「さぁ、早く行きますよ!」
「おい!なんだよ…」

良いところだったのに。
と、呟く声にお構いなく、メフィストは少し耳を赤くして、俺を教会から連れ出した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ