01/06の日記

11:38
生憎さよならがきこえなかったので
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君の気持ちなんてとうの昔から知っているさ。君が時折僕に向ける罪悪感に満ち満ちた表情の意味に気付かないはずがないだろう? 僕がこれまでどれほど君を見つめてきたと思ってるんだ。僕ほど君のことを知っている男などないのに。
そうとも、全て分かっているさ。僕の隣にいてくれるのは同情なんだろう。僕のことを可哀相だと思っているんだろう。君のことを後に引けないほどに好いてしまった僕を哀れんでいるんだ。そしてそうしてなし崩し的に僕の傍らに立つことになったことを悔いている。そうでしょう?
だけれど残念。僕ほど独占欲が強くて諦めが悪い人間はそうそういないということを、君は知らない。
別れてなんてあげないよ。離してなんてあげないよ。なにもかもを見えないふり、聞こえないふりし続けるんだ。無邪気な顔で罪悪感に苛まれて泣く君を慰めよう。いつか君がさよならを諦めるまで。



生憎さよならがきこえなかったので
(言い分は聞かない次第です)

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11:37
間違っても恋だけはせぬようにと
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「旦那様」

発した私の声は震えていなかっただろうか。女性にしては低くて落ち着いているとよく言われるこの声が、今、高く上擦っていたのかいなかったのか。私には分からない。知るのはきっと、振り返って微笑む旦那様のみだ。
私がこの家で働くことになったときからもう十年ほどが経つ。旦那様は歳をとられた。あの頃より少し背が伸びて、顔立ちはキリリとしたものから少々穏やかなものに変わった。目が覚めるような黒髪に白髪が見えるようになった。張りのある肌にはシワが刻まれた。
この人が時間を重ねたように、私もいつの間にか大人になった。何も知らないままの少女でいられる時期はすでに過去である。分別のある人間として、私は私を断罪せざるを得ない。

「ご婚約、おめでとうございます」

私は笑っているだろうか。彼が申し訳なさそうに苦笑されているところを見るとうまく笑えてはいないのだろう。彼は優しい方でいらっしゃるから、気付いていないふりをしてくださる。そうして今度こそゆるるかに笑われるのだ。

「ありがとう。君には世話になったね。これからもよろしくしてくれるかい?」
「……当然じゃあありませんか」

この十年において、一つだけ確実に言い切れることがある。
私は旦那様のことを好きなどではなかった。憧れのような、兄に対する情のようなものは抱いていたのかもしれない。けれどそれまでだ。私は旦那様のことを好きなどではなかった。愛してなどいなかった。決して。
旦那様の大きな掌が私の頭を撫で付ける。私はゆったりと目を閉じる。瞼の裏で、子供の私が大人の私を悲しそうに見ていた。




間違っても恋だけはせぬようにと
(心に決めたのはいつのことだったか)

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