□君の隣が私の理由
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真夜中、あたしはこっそりと起きだした。
理由は、お腹が嫌な感じに痛んだから。
トイレに行くと、案の定「女の子の日」が来ていて、うんざりした。だって、ついこの前なったばっかりなんだもん。だからそれ用の下着じゃないし、おもいっきり汚れちゃったし。

下着を替えて、ナプキンをすると、汚れた下着を持ってお風呂場に直行。
洗面器の中に下着と洗剤を入れて、水を流し入れた。お湯で洗うと、血は固まっちゃうからって教えてくれたのは、メイ姉だったな。

初潮が来たのは、半年くらい前。知識では知ってたけど、あんまり見ることのない血の色に動転して、泣きながらメイ姉の部屋に飛び込んだっけ。
その日の夕食は赤飯だった。あたしは恥ずかしくて始終俯いてたけど、メイ姉が良かったねって頭を撫でてくれたり、ミク姉がおめでとうと抱き締めてくれたのは、嬉しかったかな。カイ兄はわかってたみたいだけど、言いにくいのか居心地が悪そうだった。
レンは……不思議そうにしていただけ。レンには、言えなかった。だって、レンはならないんだから。

あたしは桶に座りこんで下着を洗い始めた。汚れた面をごしごし洗うより、その裏側を丁寧に洗ったほうが落ちやすいことに、この前気付いた。
排水溝に流れていく赤い水を眺めながら、あたしもレンと同じく男の子で生まれたかったな、と思う。そしたらこんな鈍痛にも、真夜中の洗濯物もしなくてすんだのに、


「リン?」


うちは水まわりが集中している。お風呂場に繋がる脱衣場には、洗面台と洗濯機もある。お風呂場の電気だけを点けて、脱衣所は消していたんだけど(メイ姉の節電グセが組み込まれてるみたい)、突然その電気が点いた。


「リン、こんな時間に何やってんだよ」


眠そうに目を擦りながら近づいてくる、あたしの片割れ。
シャワーをあびるわけでもないからドアは開け放しで、その姿がばっちり見えた。こっちからも見えているということは、あっちからも見えているということ。あたしは慌てて立ち上がって、手を伸ばしてお風呂場の電気を消した。よし、これならレンの側からは見えない。


「リン?」
「な、なんでもない!レンこそどうしたの?」
「俺?リンがいなかったから」


それで、探しに来てくれたんだ。ちょっと嬉しくなった。
でもこの状況は見られたくないから、お風呂場から出て後ろ手でドアを閉めた。明日の朝、早く起きて洗おう。
洗面台で手早く、でもしっかりと手を洗って、レンの手を掴んだ。


「寝ようよ、レン」
「え、リン?」
「なんでもないの」


こんな頑なな態度をとられたら、あたしだって傷つく。でもこうとしか言えない。他ならないレンに、嘘は吐きたくないから。

繋いだレンの手の暖かさと、あたしの手の冷たさに、違いを嫌というほど思い知らされた気がした。







































翌朝の早く、あたしはむっくりと起き上がって隣を見ると、あどけない顔でレンが眠っていた。眠りの国の王子さま、もう少しだけ眠っていてね。あたしは繋いだままの手をそっと解いて、音を立てないようにお風呂場に向かった。少し明るくなっていたけど、誰も起きていなくて静かな家の中は、不思議な感じがした。












































なるだけ急ごうと思ったけど、汚れがなかなか落ちなくて、やっと洗いおわったときにはもうみんな起きだしていた。


「おはよー」
「おはよ、リンちゃん」
「おはよう、もうお風呂場使っていい?」
「うん、いいよ」
「リン?あんた顔色悪くない?」
「そうかな?別になんともないけど」
「そう?」


メイ姉はしばらく訝しそうにあたしを見ていたけど、やがてお風呂場に行った。
最初に挨拶してくれたカイ兄は、朝ご飯を作っている最中。前に一度、アイスパフェを出したことがあったけど、今日は違うみたいで安心した。メイ姉にすごいお説教食らってたしね。おいしかったし、毎日これでも良いな、なんて思ったけど、今日は全然食べる気がしない。


「おっはよーん、リンちゃん!」
「ミク姉!」


突然ミク姉が抱きついてきた。驚いたけど、嫌じゃなかったから笑いながら抱き返した。


「おはよ、ミク姉。あのね?」


あたしは誰にも聞かれないようにするために、そして恥ずかしさのために、ミク姉の耳元に口を寄せて囁いた。


「昨日、なっちゃったの。だから、干してくれる?」
「なったって、アレ?わかった、後で持ってきてね」


やっぱり家にはカイ兄もレンもいるし、恥ずかしいから汚した下着はミク姉のとこで干してもらうようにしてる。ミク姉の部屋は、ベランダもあるし。
ご飯ができるまで、部屋で新しい楽譜を見ていると言うミク姉と別れて、リビングのテーブルに座るレンの向かいの席に着いた。


「レン、おはよう」
「……んー」


あれ?
あたしはレンの姿をまじまじと観察してみる。行儀悪くテーブルに頬杖をついて、無表情にテレビを見ている。もしかして、機嫌悪い?


「レン?どしたの?嫌な夢でも見たの?」
「…なにが?」


あぁ良かった。無視されたらどうしようって思った。


「だって機嫌悪いじゃん」
「…なんでそうなるんだよ」
「違うの?あ、カイ兄がご飯嫌なもの出すとか?」
「ちげえよ」
「良かったー」
「違うってば!なんで起こしてくれなかったんだよ!」


急に大声を出して立ち上がったレンに、びっくりした。レンはあたしと目を合わせると、乱暴に座った。


「だって、すごく早く起きたんだよ。それなのに起こしたら、迷惑でしょ?」
「…でも、朝一番にリンの顔見たいじゃんか」
「えっ」


レンの顔をじっと見つめると、レンは不貞腐れた顔をしていた。
えと、どうしよう。それって…。顔が赤くなったのがわかった。恥ずかしくて顔を背けてしまったけど、すっごく嬉しい。どうしよう!そんなことを言われたら、もっと近くに行きたくなるじゃない。レンのせいなんだから!あたしはレンの隣にいこうとして立ち上がった。

くらり、とした。


「リンっ!」


さっきまでの拗ねた声じゃなくて、余裕のない焦った声。そんな声も好きだな、なんて思う。ていうか、誰よ、あたしを壁に押しつけてるのは。動けない え? なん で くら   く?  
あ           れ     ?































「リン!どうしたんだよ!」
「なに?レン…リンちゃん!どうしたの!?」
「わかんねえよ!いきなり倒れたんだ。なあリン、聞こえる?リンってば!」
「何よ、うるさいわねー」
「メー姉!」
「めーちゃん、リンちゃんが倒れたんだって。俺運んでくから、布団の準備してくれる?」
「わかった。レンは、」
「――俺が運ぶ。リンは、俺が」
「レン、気絶してる体って重いのよ」
「大丈夫だから」
「うんわかった。めーちゃん、任せようよ。俺、水と薬箱用意するね」





























体が、頼りなく揺れている。
でも、その体を支える腕は確かで、なんだか安心した。
体も頭も、全然働かないのに、それだけは感じられた。


































「……2週間しか経ってな……」
「……だ安定してないの……」
「……ゃんの体もたないよ……」
「……食べるしか……そのうちよくな……」








































確かな腕を離れて、柔らかくて暖かいところに置かれた。なんだろう。わからない。わかるかもしれないけど、ボーッとして頭が働かない。それでもなんか物足りないと感じた。しばらくして、手を握られた。待ち望んだ気配。


「……れ……」
「起きた?リン」


ゆっくり目を開けると、あたしの片割れが青い顔であたしを見下ろしていた。どうして気付かなかったんだろう、レンだったのに。


「…れん……だい、じょぶ?かおいろ、わるいよ」


あぁ、口の中がべたべたして気持ちわるい。自分の物とは思えない声が出てきて、泣きたくなった。ボーカロイドなのに、こんな声なんて。すぐに治ると良いけど。


「……んで」
「れん?」
「…――大丈夫も顔色わるいも、リンの方だろ!倒れたんだぞ!」


あぁ、それで。


「…うん。も、だいじょぶ」
「それで大丈夫って言うなよ」


怒鳴ってわりぃ、とレンはいう。全然悪くないよ、だって心配してくれたんでしょ?


「貧血だって。メイ姉とミク姉が言ってた。ちゃんと鉄分あるもの摂ったほうが良いって」
「うん」


少し余裕が出てきて、辺りを見回した。あたしたちのベッドの上で、部屋の中にはレンと私しかいなかった。時計は、午後が半分過ぎたことをさしていて、そんなに寝ていたんだ、と思うと少しもったいない。


「……りんも、おとこのこがよかったな」
「リン?」


みんなにいっぱい心配かけちゃった。後でお礼しに行かなきゃ。
レンが、あたしの手をきゅっと握った。


「…俺は時々、俺が女の子だったら良かったって思うよ」
「れん?」
「そしたら、リンのこともっとわかるのに」


レンは急にうつむいて、少し赤くなった。


「えと、……その……アレ、続けてきてる、んでしょ?」


沈黙。え?レン、今なんて?


「し……しってたの?」
「ていうか、メイ姉とミク姉が話してるの、聞こえた」


二人とも真っ赤になって俯いてたけど、その沈黙もまた恥ずかしくて、何十秒かためらった後、思い切って顔を上げた。


「……レン、リンね」


ちゃんと声が出た。


「リンは…レンが男の子で、よかったなって、思うよ」


握られた手を、ぎゅっと握り返す。


「こういうの、嬉しいし」
「……リン」
「運んで、くれたのも……安心したから」
「起きてたの?」
「頭の隅っこだけ…やっぱり、レン、だったんだ」


微笑むと、レンは、あーとかうーとか唸って、もう片方の手もあたしの手に添えた。


「…リン、俺は」
「?」
「俺、リンが女の子で良かったと思う」
「どうして?」
「…………内緒」








































結局、何度聞いてもその理由は教えてくれなかったけど、


「リーン、すりりんご持ってきたよ。食べる?」
「食べさせて、レン」
「…えーっと、リンさん?」
「まだだるくて、スプーン持つ気しないの」
「はいはい」
「あ、後でミク姉とメイ姉とカイ兄にお礼に行かなきゃ。付き合ってくれる?」
「わかったよ」
「それからレン」
「今度は何?」
「ありがとう」
「…どういたしまして」


おもいっきり甘えられたから、良いと思うことにした。






























































20090613



本当はレン視点も書こうと思っていたんですけど、長くなったので止めます。
せーりのときは男ばっかずるいと思います。
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