□きみはぼくの、
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高校三年生、鏡音レン。それが俺の名前だ。先日十八歳になったばかりなのだが、背の低さと童顔のせいで、二歳は下に見られる。

『鏡音』という名字は割と珍しいと思うんだけど、俺のクラスにはもう一人『鏡音』が在席している。


「鏡音さん、いるー?」
「はーい?」
「呼んでるよ」
「あ、今行く」


あぁまただ。
友人と弁当を食べていた手を止めて、『鏡音さん』が席を立った。彼女を呼んだ廊下側の席に座る男子はにやにやしてるし、ちらりと見えた呼び出し張本人は、学ランを着ていた。つまり男。

そう。彼女はもてる。なんか知らないけどうちの学校の美人三人衆に数えられるくらいには。
…正直言って、彼女は美人じゃなくて美少女部類に入ると思うんだけど。
その三人衆の一人はもう相手が決まっているし、あと一人は言わずと知れた百合女なので、彼女がおそらく一番呼び出される回数は多いだろう。


「どうした?レン」
「別に」
「こえーよ、別にって顔じゃねえよ。お?」


それまで雑談に興じていた前の席の奴が、ふと気付いた。


「まーた鏡音さん呼び出しかぁ。ほんっとうちのクラスのダブル鏡音はもてるよなー」
「…『鏡音さん』のほうがもてるだろ」
「あー可愛いもんな。三人衆でいったら俺も鏡音さん派かな。あ、でもお前もすげえよ。一部の男にももててるらしいぜ」
「はぁ!?なんだよそれ」
「小さくて顔が可愛いかららしい」


…寒気がします。


「…舐めんなよこのやろー」


俺はホモじゃねーと力なくつぶやいて、彼女が消えたドアを盗み見た。










































昼休み終了七分前。彼女が呼び出されてから二十分は経っている。それでも彼女は戻ってこなくて、いてもたってもいられなくなり、適当に理由を付けて席を立った。教室を出た途端に、ダッシュで廊下を走る。だってすげえ不安なんだよ仕方ないだろ!
勢いに任せて三階から(俺のクラス、というか学年は三階にある)一階まで駆けおり…ようとして、二階から降りる途中で失速する。
両腕にたくさんのプリントを抱えて、真っ白なリボンを頭の上で揺らしながら階段を上ってくるのは、間違いなく彼女で。職員室にでも行っていたのか、と拍子抜けすると同時に、今の状況に慌てた。何やってんだ俺。

その時、突然踊り場に開いた窓から風か吹き込んできた。


「きゃっ」
「あぶねっ!」


飛びそうになるプリントを押さえようとして、彼女がバランスを崩した。咄嗟に手を伸ばした一瞬後には、腕の中に収まる彼女の姿。小さくて華奢な体に、まず俺が驚いた。


「だ…大丈夫?鏡音さん」


体が触れ合っているこの距離が、気まずい上に申し訳なくて、そっと距離をとった。


「あ…か、鏡音くん。うん大丈夫だよ。ありがと」
「そう。気を付けなよ。大体プリント持ちすぎだし」
「だって行ったり来たりするのめんどくさいんだもん」


落ちそうになっても、片手と体で挟むようにしてプリントを抱え込んでいるのは、らしいというかなんというか。俺はその中から3分の2くらい抜き取った。


「え?あの」
「手伝う」
「い、いいの?」
「いいも何も転びそうになってる奴ほっとけないだろ。それにこんくらい平気だって」


並んで教室まで無事たどり着き、教卓にプリントを置いて、自然に別れた。

たったそれだけの学校での接点でも、嬉しく思ってしまう俺は、彼女に相当やられてる。
同じクラスにいる名字が同じ彼女、鏡音リンは、俺の好きな奴だった。












































放課後、サッカー部に所属している俺は、グラウンドで練習に励んだあと、即刻着替えて帰ろうとする。この後ゲーセンとか遊びに行く奴もいるけど、俺は必ず早めに帰るようにしている。付き合いが悪い?そんなことはどうだって良いんだ、別に。
が、今日は悪ノリが良すぎるチームメイトたちに捕まった。
始まりはただの噂話からだった。


「そういや1組の初音さんのキックってオレらよりすげえよな」
「は?なんだよいきなり」
「いや、蹴球つながりで。つか、普通告りに来た男蹴るか?」
「蹴られたのかお前」
「おれじゃねえよ。俺のクラスの奴だけど。軽く脳震盪起こしたらしい」
「すげー」
「キック自体よりも人間をそこまで本気で蹴られる度胸があんのがまずありえねえ」
「あれでうちのがっこの上位にバリバリ入ってんだから不思議だよなー」
「顔とか可愛いもんな」


このノリは…やな方向に行きそうだ。さっさと帰るに限る。
が、遅すぎたらしい。部室から出ようとしたところで、肩を掴まれた。


「レン」
「なんだよ」
「お前どう思う?」
「なにが?」
「聞いてたんだろ?」


あーそーだよ聞いてましたけど?


「初音だろ。別に興味ない」
「あー」「あー」「そーだよなー」「レンだし」


…なんだこの納得の空気。
訝しんでいると、いきなり爆弾が落とされた。


「お前、鏡音さん一筋だもんな」


「………は?」


え、ちょっ。
めちゃくちゃびっくりなんですけど。
ていうか何この流れ。


「は、じゃねえし」
「バレバレだよな」
「何かっつうと目で追ってるし」
「鏡音さんが呼び出し食らうと、機嫌悪くなるし」
「つか、告らねえの?」
「っだー!うるせー!」


ほんっっっと、にやにやうるさいチームメイトどもを蹴散らして、這這の体で逃げ出した。

それでも最後まで否定しなかったのは、自分の気持ちに嘘を吐きたくなかったからで、だから逃げるだけにした。
…さすがに、からかいの種にはなりたくないしね?













































疲れきった体でアパートに帰ると、部屋の電気はもう点いていた。ほころびそうになる顔をなんとか黙らせながら、俺はドアを――開けた。


「ただいま!」


奥に向かって声を張り上げる。ぱたぱたとスリッパが鳴る音が近づいた。
靴を脱いで、中にはいろうとしたところで、その音と鉢合わせた。


「おっ」
「あっ」


相手がぶつかって、倒れそうになったから、咄嗟に腕を掴む。昼の光景が、フラッシュバックした。


「気を付けろよ」
「うん、ありがと。――おかえりなさい、レン」


優しい声音。俺は笑って答えた。


「ただいま――リン」



俺は18歳。
リンは17歳。
そして、二人に共通する『鏡音』の名字。
それは、学校にも内緒の、俺たちの関係の証。


「リン」
「何?」


俺はリンにおもいっきり抱きついた。学校じゃ、『鏡音さん』『鏡音くん』だし(バレると面倒臭いから、極力他人のふり。あんまりべたべたしすぎると、俺たちのことだから不審に思われても不思議じゃないし)、到底こんなことはできない。


「わ、どうしたの?」
「んー。リン」
「レン?」
「…今日の、昼休みの奴」
「あ、助けてくれてほんとありがとう」
「そうじゃなくて」
「あたしがどじだからこけそうになるってこと?」
「なんでそうなるんだよばか。その前。…呼び出し、されたろ」
「ああ、あれ」


今まで本気で忘れてたみたいな反応を返されて、ちょっとむっとする。俺結構悩んでたんですけど。
だから、抱き締める腕に力をこめて、不服の意を表す。


「ん、苦しいよ、レン」
「…」
「もしかして、焼き餅焼いてくれてた?」
「………」


その通りですけど? なんか文句ありますかリンさん?
とはさすがに言いづらくて、俺は黙ったまま。

リンは手を伸ばして俺の頭を撫でた。


「断ったよ。当たり前でしょう?」
「…そ、だな。リン」


わりぃ、といってリンを解放する。リンは、すごく嬉しそうに笑って俺を見た。


「かーわいい、レン」
「うっせ」
「だから、男の子からももてるんだよねえ」
「げ」


知ってやがる…。


「元気出してよ。今日はコロッケだよ♪」
「え、ほんと?」
「うん」

一緒に中に入ろうとして、唐突にリンが振り向いた。
学校では見せない、とびきりの笑顔で。


「大好きだよ、あたしの旦那さま!」


だから、俺は同じように笑って言った。


「愛してるよ、俺の奥さん」
































































20090611



学パロ×夫婦設定のレンリンでした。いい加減普通の学パロも書きたいと思うこの頃です。
最後思い切り迷走したのがわかります。ていうかレンきもい……?愛があるからいいよと主張してみます。

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