□特権
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収録が終わって帰ってきた後、リンが消えた。

いや、消えるっていうのは語弊がある。リンはちゃんと家の中にいるんだから。
家の中に入ったと同時に「リンいっちばーん」とか言って逃げるように奥に走っていった。
明るくしても、俺にはわかるんだよ、リン。

――さぁ、かくれんぼの始まりだ。








































俺は片っ端から部屋を見て回った。リビング、ダイニング、キッチン、トイレ、バスルーム。俺たちの部屋は隅から隅までさらって、今日は葱女出かけてるから、後回し。で、カイ兄の部屋。


「カイ兄ー」
「はいー?あれ、レン。どうかした?」


カイ兄は大好物のアイスを食べていた。頬が弛みっぱなしで幸せそうだけど、気持ち悪いです。


「リン来てない?」
「来てないよ」
「本当に?」
「うん」


カイ兄は嘘を吐いているように見えなかった。うーん、カイ兄は前科があるからなぁ。まぁそのときちゃんと仕返ししてやったから大丈夫かな。

カイ兄の部屋を出て、次はメイ姉の部屋か、と、そのメイ姉がちょうど部屋から出てきた。


「あ、メイ姉」
「レン。どうしたの?」
「リン知らない?」
「え?さっきお風呂場に入ってたの見たから、シャワー浴びてるんじゃない?」
「……風呂場、わかった風呂場ね。ありがとメイ姉!」


さっき風呂場は見たけど、見ただけたったから、もしかしたら。
俺は風呂場に走り、ドアを開けた。まだ午後の早い時間だからか、夜入るときより広く見える気がする。
バスタブの蓋は、バスタブのドア側の半分だけを覆っている。だからさっき見たときは見事に騙されたんだ。


「リン?」


俺は近づいて、蓋をそっと取り去った。蓋の陰に隠れるようにバスタブの中で膝を抱えているのは、案の定リンだ。そしてその顔は、涙に濡れていた。


「レン……」
「リン」


俺はひょいとバスタブを跨いで、リンの前の残り半分のところに座った。狭くて、少し濡れていた。


「リンはほんと、仕方ないなぁ」

慌てて涙を拭おうとするリンを躊躇いなく抱き寄せる。嗚咽が耳元で揺れた。


「……どっ、どうして、ここ、が、っく、……かった、の?」
「探したから」
「………み、見つからないって……ふぇ……おもっ、たのに」
「泣きなよ、リン。一人で泣くよりずっといいと思うよ」
「でも……っ」
「別に笑ったりしないし、リンが言うなって言うなら誰にも言わない。リンと俺だけの秘密にするよ。それに、俺は迷惑なんて思わないから。一人で泣かれる方が寂しいし」
「………レン…………っ!」


首に手が回され、耳元で押し殺した泣き声が響いた。俺は片手でリンの髪を梳いて、リンを抱き締めるもう片方の腕に力を込めた。








































リンはいつも、歌う曲に感情移入しすぎる。
明るい曲なら何も問題はないのだけど、切ない曲や悲しい曲だと、見ているこっちが辛くなるほど遣り切れない表情になる。それでも収録中は何でもなくて、終わって家に帰ってきた途端、我慢してた反動が来るらしい。そんで、隠れて一人で泣く。他の誰も、こんなことで泣かないのに、自分だけ泣いて恥ずかしいからだって。そんなこと言って、毎回探す俺から逃げるために、かくれんぼしてるから言わないで、と言ってカイ兄のクローゼットの中で声を押し殺して泣いてたこともあるから困る。


「ぅっく……ね、れ……んは……」
「ここにいるよ、大丈夫」


さっき収録していた曲は、想い合っていた二人が運命に引き裂かれ、結局は死んでしまう歌。しかも俺たち二人で一緒に歌っていたから、尚のことかぶってしまったんだろう。


「ほん、と? ど、どこ、ひっく、にも……かない?」
「うん。リンが望んでくれるなら、ずっと一緒にいるから」


するとリンがううんと首を振った。


「りんが、のぞむっ、なんて、当たり前、だもん。そう、……っく、じゃなくて、レン、は?」
「俺?」
「レン、がのぞんで、くれないん、……ふっく……なら意味ない」


――ああもう、ほんとにこいつは、


「……可愛いな」
「え?」


俺は少し体を離して、間近でリンと顔を合わせた。いまだに涙の浮かぶ目に、ぞくぞくする。


「当たり前のこと言わせんなよ、ばか」


こつん、と当たる額。近すぎてリンの目に吸い込まれてしまいそうだ。


「ずっと一緒にいたいって思ってるよ、リン」
「……ほん、と?」
「本当。多分リンよりずっと」
「あ」
「なに?」
「じゃあ、お揃い、だね」
「何が?」
「リンも、レンよりずっとそう思ってるって、思うから」


――一体こんな可愛すぎる片割れを置いて、どこに行けるっていうんだろう?


「もう、泣き止んだ?」
「うん。ありが、と、レン。でも、もうちょっと」


そう言って再度抱きついてくるリンだけど、俺はもう色々飛びそうです。密着してるし、狭いし、バスタブだし、風呂場だし。
俺は苦笑いしながら、リンの柔らかい体を抱き返した。




この日から、リンは俺の前で泣くのを拒まなくなった。もちろん、素直に泣くことはめったにないけど。
でも、それはカイ兄にもメイ姉にも許されていない、俺だけの特権だ。

































































20090610



とある曲からインスパイア。ぼろぼろ涙が止まらないので、リンに泣いてもらってレンに慰めてもらいました。切なさや悲しさはこうして変☆換♪←
ちなみにお風呂場かくれんぼは実体験。かなり気付かれません。

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