07-GHOST*2
□タイトルなし
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*重暗い電波+いろいろ捏造(高)
*婉曲的にですが若干の微グロ描写あり
殺意のない俺はすぐに刀身を鞘へと納め、これ以上争う気がないと暗に告げる。そして傍にいるアヤたんを放りだしてその男の傍に歩み寄ってみた。――ただそれだけのことだったはずだ。
「ねぇ、ねぇ。俺とお話ししようよ」
地面に尻もちをついた相手と同じように俺もしゃがみ、視線を合わせ、安心させるようににっこりと頬笑みかけてみる。互いに刀が握られてはいるが、もちろん怪我をした場所などない。相手は本気で俺を殺そうとしてきたようだったけど、ちょっとした手合わせに変更してもらったのだ。
――五体満足。
俺に刃を向けて生きていられること自体奇跡だろう。
それなのに、――少なくとも命の危険を脱して嬉しいはずなのに――、なぜか相手はカタカタと身体を揺らし、酷く怯えた眼差しでこちらを見るばかり。こんなに優しげに微笑んでやっているのに、なぜ恐怖するのだろうか。意味が分からない。
「その刀、あれでしょ?第四区のさらに北にあるリネス=ヴェール島のセシュ村でしか作られてないやつだよね?普通の刀に比べて刃が長くて、しかもそれなのに通常の刀に比べて軽い」
刀を扱う人間はこの国では極稀な存在だ。もともとバルスブルグ帝国は国柄的に体格のいい輩が多く、またザイフォンを扱える人間が多いため、刀のような繊細な得物を用いての戦闘文化が発展するまでには至らなかったこともある。
しかし、最大の理由は実は別のところにある。
帝国側が異文化を嫌い、徹底的に排除し続けたことが原因だった。
なぜ帝国が異文化を排除しようとするまでに至ったのかは当時の主犯格ともいえる連中に聞いてもらうしかないとして、俺が言えることはといえば、異文化、――正確には他国――、の存在は現在の帝国の国家方針、また国の現状・対応等々を逐一比べられるという点で非常に不都合だったということだろう。
比較対象が多ければ多いほど、力で抑えつけられ渋々帝国に従っている輩だとか、現在の生活に不満を持った国民たちが暴動を起こす危険性が高まることは誰にでも想像に容易い。
実際、多くの国はそうして滅亡の道を歩んできた。だからこそ帝国は徹底的に異文化を排除したに違いない。
しかし、残念なことに一度広まった異文化を根絶やしにすることは帝国の力を持ってしても難しかった。この刀という武器もそんな帝国の黒歴史の一つだ。
バルスブルグ帝国では刀にはある種の反帝国主義思想が隠れているとされている。
この考え方はおそらく帝国の異文化抹消の大義名分の一つに使われた名残に違いないのだが、そのせいで未だに刀を手に取るだけで帝国から敵視される。おかげで不愉快極まりないことに、今日では刀というものは異端者が持ちえるものというイメージが定着してしまった。
――ちなみに俺はその事実を知った上での刀の所持だったりする。
もちろん軍の人間が異文化の象徴ともいえる刀を所持することなど許されるわけがなく、上層部は酷くこれを気に食わないようだが、良くも悪くも俺相手に強く出ることもできず見て見ぬふりをしているというのが現状だ。
それにもし仮に上の人間が何かを言ってきたとしても、そもそも俺はアヤたんの元で以外仕える気がないのだから大人しく従ってやるつもりもない。
刀の存在が俺を俺たらしめてくれると信じているからこそ、迷わずに刀を握り、ひたすらに刀を奮う。ただそれだけのことだ。
「ねぇ、ねぇ、それ触らせてもらっていいかな?一度手にしてみたかったんだ。刀打ちの人がほとんど殺されちゃったらしくて、なかなか触れられる機会もなくてさ。あ、たぶん今の刀で大満足しているからありえないとは思うんだけど、もし俺が気に入ったらこれを売っているところか、もしくは刀打ちの人を紹介してよ。お願い」
何度も言うが、そもそも刀を握る者はその存在自体が帝国に盾突いていることになる。だからこそ、こうして刀を持ち歩き、なおかつ武器として扱う輩は相当な信念やこだわりを持っている奴が多い。
目の前の男を殺すことをやめて声をかけたのも、もしかしたら少しはまともに刀について語り合えるかもしれないという期待もあってのことだ。それ以外に俺が刀をしまう理由なんてありえない。
それなのに俺が触れようとすれば、男は息を引きつらせて身を捩る。ただ触れようとしただけなのに、恐怖される。
――なんで?
「ねぇ、ねぇ。君はなんで俺を恐れるの?帝国だから刀を持っただけで排除されるとでも思っているの?」
そう聞けば、先ほどまでの怯えを飲み込んだ男が、ぐっと唇を噛みしめて見上げてきた。
その瞳には未だ影は燈っておらず、しっかりとした意思を見失わないままそこに存在している。しかし、それをなぜか不快に思ったのは、その眼差しをどこかで見たことがあったから。
「――違う。普通の軍人だったら少なくとも俺を生かしてはいない。それにその刀の販売元を調べるために生け捕りにするにしても、貴様は好奇の目をこの刀に向けすぎている」
「ずいぶん断定的な返事をしたもんだ。でもまぁあながち間違ってもいないけど」
「それに貴様が純粋に刀を好きなのが分かる。刃を見るにずいぶん手入れを施しているし、訓練も怠ってはいない。刀そのものの存在理由をよく理解した上で、片時も離さず持ち歩いているなど見れば分かる」
「そこまで褒められたらうれしいなぁ。――でもさぁ、じゃぁ、なんでそんなに俺のことを恐れるのさ。俺が君へ殺意がないことなんて分かっているんだろう?」
そう言って手を伸ばせば、さっきまで震えていなかった男の体がまた震え始めた。
「…………」
「―――ねぇ、ねぇ。」
急かすように問いかける。心の中でざわめく何かを押し留め、冷静になれと自分自身に言い聞かす。ただのデジャブだ。この男が次に放つ言葉を知っているのも行き過ぎた推測。異端者同士なのだから、ありえない。
「……魂を喰われると聞いた。貴様らは黒法術師だろう?」
それなのに、視線を逸らし吐かれた言葉は純粋なる拒絶と嫌悪だった。
「―――飽きた、」
それはまるで電球のスイッチがいきなりオフになるような唐突さだった。言葉通り、急にその目の前の物体に対する興味が失せ、同時に体が男に対して拒絶反応を起こす。死よりも黒法術師に魂を喰われることを恐れていたのか、この男は。
一瞬にして視界から球体の何かが地面に零れ落ちた。
遅れてやってきたゴトン、という鈍い音と、前のめりに崩れていく本体から噴き渡る赤の飛沫が俺の身体を染めあげる。
――あぁ、どうしてこんなにも世界は狭くて生きづらいのだろうか。
「待たせて悪かったね、アヤたん」
振り返ることなく後ろに控えた人物に声をかければ、思っていたよりも近くにいたらしい。その右手が濡れそぼった俺の頭を労わるように撫でていく。
「貴様はいつもそうだな。気の長いように見せて私よりも気が短い」
「そんなことないよ。気が短いんじゃなくてどうでもよくなっただけ」
「安心しろ。貴様は貴様だ。黒法術師としての枠にも、軍人としての枠にも収まってはいるがな」
「……気に食わないよ、本当に。俺は個人としてお話しようと思ったのにさ。やっぱり、アヤたんを含めブラックホークだけだよ。俺のこと分かってくれるのは」
「ヒュウガ」
「黒法術師はそれだけで縛られる。あぁ、なんて理不尽な世の中だろうね。こんなんだから俺を含め黒法術士はみんな肩身の辛い思いをするんだ。」
ふと、どこかの国の文献で読んだ言葉を思い出す。帝国の考え方もさっき死んだ奴もなんら変わらない。結局は『甲と乙は、セイムスペースにオキュパイすることは出来ぬ』なのだ。
「異端者同士すら優劣を付け合う、か。――本当にくだらない」
手に握りしめた刀の柄がミチリと嫌な音を立てた。
タイトルなし
(名すら要らぬとある出来事)
10,06,08(TUE)