07-GHOST*2
□信愛
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*一部、血生臭い表現、過去捏造あり。
*KとH
この情景を音や文字にすれば、些か幼稚な言葉が当てはまる。
ブシュッ、とか、グシャリ、とか、ベショリ、とか。小学生でも言い表せるそんな類のものだ。
けれども、実際目の前の光景はそんな文字表現が似合わないほど生生しい。
どの腕が誰のものであるか、というそんな生温い話ではなくて、人であったものはどれなのか、というそんなレベルだ。
――悲惨。惨劇。
否、人はこれを異常と呼ぶのだろう。
そんなことをコナツは目の前に広がるペースト上の世界を前にして考える。
「任務はこれで終わりかな、コナツ」
「はい」
「もうないの?なんで?」
「さぁ、なんででしょうね。そんなこと私に言われても困ります」
いつになく不機嫌な声を放つ上司に、コナツはいつも通りに答える。
こういった状況にはもう慣れた。いや、慣れたといえば語弊がある。考え方が変わった、と言ったほうがいいのかもしれない。
始めこそこんな惨状を見たもんならそれこそ吐き気や眩暈を催しながら、「なんて非人道的な」、などと現実を受け入れられずにいたが、今ではここまで剣を奮っておきながら一切血や肉片を浴びることなく事を済ます上司の姿にただただ感服しまうのだ。
悲惨な現場なんて場数を踏みさえすれば嫌でも目にする。ぶつ切りにされた肢体だとか、変色したり腐敗した死体だとか。爆薬で吹っ飛び、ガラスや石が身体のあちこちで突き刺さった身体で中途半端に生き残り、悶え苦しむ人だとか。
もちろん今回の状況も例外なくそうなのだが、ある一点で他とは決定的に異なる面がある。
当たり前だが、人というものは血という命の水で生きている。どこを切っても必ず血液がもととなった液体が飛び出るし、細胞のほとんどが水分を含んでいるため肉片ですら表皮を突き破ってしまえば滑りを伴った液体を散らす。
そうであるのに目の前の光景を生み出した張本人には見るからに汚れがない。黒の軍服はそのままに、血の匂いが染みついているだけだ。まさに神業。そうとしかいいようがない。
こんな素晴らしい手本が傍にあるというのにどうして目を逸らしていられるのだろうか。今のコナツから見れば、ベグライター当初の自分の言動には甚だ首を傾げざるをえない。
「今日はやたらと機嫌が悪いじゃないですか、少佐。なにかありましたか?」
「別に」
「そう言うだろうとはおおよそ予想していましたよ。私からはこれ以上何も聞きませんのでとりあえず、いい加減帰りますよ。任務報告が待ってます」
「――ほんと、コナツは肝が据わっているよね。普通の奴だったらこんな俺を見たら臆して逃げちゃうのにさ」
「おかしなことをいいますね。どんな面でもあなたはあなたでしょう、少佐。今さらですよ」
一度も人を切ることがなかった刀身を鞘へとしまいながら、それでも視線は一直線に赤の瞳を捉える。
そう、言葉通り今さらなのだ。
普段こそ、にへらとした笑みを浮かべて、そこそこ人当たりよさそうな人間(キャラ)を演じてはいるこの上司が、実際のところその心の奥底を見せるということはほとんどない。
感情を露呈しないといった方がいいだろう。今こうやって怒りを露わにしていることが珍しいことなのだ。
感情や私心をぐっとすべて抑え込み、目的のためにただひたすら駆け走る。
普段の目立つような言動も所詮、道化として観客の目を惹きつけ、印象操作をすること自体が目的であって、より立ち回りしやすいフィールドを拵えようとしているだけなのだ。彼の本質はあくまでも違うところにある。
「むしゃくしゃするのは分かりますが、あくまでもこの地域の伝承です」
「………」
「赤眼が不吉の象徴とされるのも、裏切り者の愚者を示すのも」
「――それが気に食わないの。人の容姿で、あぁだ、こうだ、って言われたくないね」
「だからといって人肉ペーストを作り出すなんてどこまで極端なんですか、あなたは。こんなことアヤナミ様が知ったら大変なことになりますよ」
「アヤたんは許してくれるよ。そもそもここは殲滅させることが目的だったんだから」
はっきりと確信めいた口調で言い切る上司の発言にはいつもいつも感心せざるをえない。
どこからそのような自信が生まれてくるのかといえば、長年培った信頼関係から、としか言いようがないのだろう。
彼の本質は最愛なる上司の駒として最大限にその能力を生かすことだ。
すべての優先順位に重きを置いて立ち回る。かつてこの二人の間になにがあったかは分からないが、それでも確かに存在する主従関係を超えた信頼関係。そのような関係をこの上司と築けるあの方が純粋に羨ましいと思う。
「あなたがそれを踏まえて行動したことくらい知っています。ですが少佐。とある地域では赤眼は神に仕えし最愛の子、と捉えるところもあります。どれもこれも結局は人が生み出した空想ごとですよ。異端者を排除する傾向にあるか、あるいは類まれなる存在をして担ぎあげるか。ただその違いだけです」
「…――案外コナツって博識だよね」
「あなたがこうなることを予測して事前に民俗学や文化学等々を調べておきました」
ここでネタばらしをひとつ。そのことを上司に告げれば大きな目を見開かれた。
「なんか俺の行動が読まれてるんだけど。何々、俺ってそんなに単純で分かりやすい?」
この上司が子供のころにこの容姿でつらい経験をしてきたらしいということを薄々ながら気が付いていた。
真っ黒な髪に、日焼けの一切ない肌。そして鮮血を連想させる赤い眼。
はたと見れば、あまりにも端正な容姿に見惚れてしまいそうだが、それは地域によって差別化される対象に当たるもので、まさにこの上司が生まれたこの地域では黒髪に赤眼は異端者として捉えられていた。
もちろんこの上司がどんな非道な目に遭ったのかは聞いたことがない。
黒法術師の名家で育ち、両親ともに素晴らしいほど出来た方だということだけは聞いている。剣術や黒法術の才能にも恵まれていたあたり、コナツとは違い一身に期待の眼差しを受けてきたに違いない。小さい頃から、ある意味で洗脳的、排他的精神の元で徹底的な訓練を施されてきたのはそこにある。
しかしその一方で、その類まれなる才能とその容姿ひとつで、良くない眼差しを向けられたのはいうまでもないだろう。
黒法術の扱えないコナツ自身が経験してきたことだが、黒法術師の家系はフェアローレンを絶対的な位置に置いて崇め奉る。そのため、裏切り、という単語にはどうしても敏感になるのだ。
それはどうやらこの上司自身も散々と経験したことらしく、出来すぎた才能に与えられる行き過ぎた訓練の先々に、遠回しな殺意や嫌悪、嫌がらせが含まれていることを子供ながらに感じ取っていたに違いない。
事実、この上司が未だにこうして容姿に関することに過剰反応するくらいにはトラウマにもなっているのだろう。コナツはこの面だけはこの上司の気持ちを誰よりも深く理解してやれると自負している。
「いえ。私には少佐が何を考えているのかなんてはっきりいってまったく分かりません。ただ、これだけの付き合いの中であなたがどういう点で怒りを露わにするのかくらいは理解しているつもりですよ。私はまだ死にたくありませんので」
「賢いというかなんというか――…」
「なんとおっしゃろうと構いません。とりあえず、そろそろ刀をしまってくださいね。私じゃあなたのその苛々を解消するほどの力はまだ持ち合わせていませんので」
「へぇ。まだってことはいずれ俺を抜く気でいるんだ」
「もちろん。目標は掲げたら達成しないと意味がないでしょう?ですから少佐。それまでちゃんと私の傍にいてくださいね。あなたがいなくなったらこれまでの努力が泡と帰すので」
いきなりだが、コナツは実際この上司のことが好きだ。もちろん愛情だけではなく性欲を絡んだ意味で。それを相手がどう思っているかは分からないが、こちらの感情を十分に理解していることも実は知っている。
けれどもこの想いを伝える気は毛頭ない。今の自分では彼のお荷物になることを分かっているからだ。
支えられるだけの、甘やかされるだけの関係でいたくはない。横に立って互いに支えあうような対等の関係になれるまで、それこそあの方と上司のような絶対的な関係ができるまで、この想いを口にしようとは思わない。
同じ目線で同じものを見て、言葉を交わし、そして笑いあえる。
隣に立ってこの想いを堂々と伝えることが来るまで、もっとも近くでただひたすら先を歩く彼の背を追いかけてやる。そして誰よりもこの上司の素を理解してやれる大人になろうと、そう思う。
だからこそ、今の関係も悪くない。未来(さき)に繋がることだと思えばこの関係も辛くない。むしろ愛しいとすら思う。
「さ、いい加減帰りますよ。既定の時間までもうすぐですし、帰ったらすぐにアヤナミ様の元に向かってくださいね。あ、それとさっきの話ですが目の届く範囲でお願いしますね。あまり離れられると一生追いつかなくなりそうなので」
「お?なになに?なんか告白みたいじゃないか。そう言われたらなおさら離れられないね、俺たち」
「むしろ離れないでください。不甲斐ないながらもちゃんとベグライターとしてフォローはしますので。あなたはとにかく目的のために駆け走っていてくださいね。私が勝手に追いかけますから」
「ははは。いい心がけだ。じゃぁ、必死になって追いかけてきてね。それまでちゃんと傍に置いていてあげるからさ」
「――当たり前じゃないですか。たとえ傍に置かれなくても勝手に追いかけます」
「期待して待ってるよ、コナツ」
主従と主従、似たもの同士
(たとえ愛の形が違っても、)
10,05,10(MON)