07-GHOST

□閉じたセカイ
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*非常にシュールなものとなっております。電波障害は嫌だという方、アヤナミとヒュウガの性格・関係を構築されている方、ドライ・殺伐としたのが苦手な方はお気をつけください。













「ねぇ」、血をもって終演を迎えた舞台に酷く楽しそうな男の声が響き渡る。


劇を演じ終えた漆黒を纏いし役者は未だ刀を納めることなく実に楽しそうに弄んでいた。一定のリズムで揺れる得物からひたりひたりと落ちる赤。それは目の前の男がもっとも好むものである。





しかし、平常と全く変わらぬはずのシーンでただ一人の観客はどこか違和感を感じていた。サングラスに隠された紅の双眼と吊り上がった口元がいつも以上に人間らしからぬ雰囲気を漂わせているのだ。そう客は確信する。――矯飾、まさにその言葉がしっくりとくる。








「人間ってなんだろね?」




その言葉に観客が声を発することはない。長年共にしてきた観客はよく理解しているのだ、男がこの質問に答えを求めてはなどいないことを。ただ問いかけてくるだけ。







「神様ってなんだろ?」







これは常に緻密に、――それこそすべての言動に細心の注意を払い――、振る舞う男が見せるある一面。この様子を知っているのは恐らく観客だけだろう。が、しかし。この時ほど観客が不安に駆られることはない。できることならば見たくない、そう思う瞬間。



選択を誤まることは許されない究極の刹那が訪れる前触れ。











「命って何だろね?」




言の葉がヒラリヒラリと空を彷徨う。

手には煌びやかに赤黒く光る刀。血を啜ったそれはまさに今男のいう"人間"だったものを断ったものに他ならない。それを解しているのだろう。「血は?」、そう続け様に言葉を発する。






「じゃぁ自我って何だろ?」





まるで子供のように幾度と繰り返される質問たち。なんで、じゃぁ、どうして。他人事みたいにただ告げていく。




いや、「男」にとってまさに他人事なのかもしれない。例え自分の命であったとしても。

「男」は生まれ育った環境が悪かったのか、それとも元々の性なのか、明らかに人間として心が片輪していた。全ての感情が削ぎ落とされ、挙句、感覚というレベルにまで異常を抱えている。果たして自分自身を人間という枠に含んでいるのかすら怪しい根本的な理由はまさしくそこにあるのだろうが、男は「自我」いう認識が極端に欠落していた。


今、「男」にとって必要なものは観客を守り、観客の願いを叶えること。――観客が全て。己の全てを投げうち観客を守る使命を抱きどこまでも付いていく。唯一、「男」という存在を満たしてくれるであろう観客こそが全てなのだ。最も必要なものは観客の傍で剣となり盾となり誠実に忠実に戦うこと。




そのことがとてつもなく苛立たしくそして悲しく感じるときが観客にはあった。

いつも差し出すのは己の身体であって、命であって、プライドであって。決して自分が観客の重荷になるようなことがないように一線を引く。それは意識的な場合でも無意識的な場合でも変わらない。観客と恋人になった今でさえもだ。

内に入れたのならば、愛したのであれば、もっと私に心を開けと。もっと自分の素をわがままになれと。観客のそれは縋るような願いでもあって、殺したくなるほどの狂気をも含んでいる。














「ねぇ、じゃあさ」






しかし、分かっている。これがこの男なりのせい一杯の愛し方なのだと。観客は唇を噛みしめる。


純白に限りなく近い漆黒。今まで自我の欠けた「男」には執着するものがない、影響を受けるものなどなかった。自己完結世界は無意識の中にあり不可侵。故に男は決して自分を見失わない。だから壊れない。壊せない。絶対不可侵、――それが本来の「男」の性質。


そんな男が初めて得たかけがえのないもの。恐らく男にとっては未知なる領域に違いない。今まで「男」だけで構築されていた世界に踏み入れてこようとする侵入者。知らぬ感情が心中を駆け巡り「自分」という存在までも現れ始める。犯される自己完結世界。それでもその世界から抜け出すことができないのはすでに男の中でもっとも重要な基盤として根付いているからに他ならない。だからこそ男はもがき苦しむしかないのだ。






「最後の質問。――"俺"って何?」





顔は笑っている。しかし、一切の感情を含まない無機質な声が降り注ぐ。答えてよ、そう挑発的に訴えかけてくるそれに完全に観客の思考が停止する。


「自分」と「男」の在り方は極端に違う。観客の傍で幸せに共に生きたいという甘えと依存などありえないと謳う相反する思い。自己完結世界と共存世界は相容れることはできない。溝はただ深まる一方で男はその狭間で揺れ動くまいとただ「自分」という意識を削ぎ落としていく。「男」の存在は観客の望みを叶えることだけにあるのだと。そのことを確かめるように男は時折こうして観客に尋ねてくるのだ。男は「男」として存在するべきなのだと。



真っ赤でそれでいて真っ黒な瞳がこちらを覗く。どこか悲しみをも訴えてくるにも見えるそれは、しかし、その奥に存在する強固たる檻の中に閉じ込められている。






本当ならばこの世界から男を救い出したい、そう観客は願う。しかし、心の奥深くで構築された世界が壊れた時のことを考えると、その不安が決意を大きく揺るがす。

あの感覚は味わうべきではない。自己崩壊をかつて何度も体験し、1000年経た今でも完全に修復されていないことを理解している観客は戸惑う。壊れたら元には戻らない。長い年月をかけ修復するか、歪に壊れて狂うかのどちらかだ。――だからこそ、怖い。




「……」




それでもどうにか男が求める答えを探そうと悪あがきをする観客は、やはり男のことをそれほどまでに愛しているのだ。

しかし恋人、信頼関係、絶対的信仰者、最も忠実な部下、血に飢え人を斬るのが好きで、頭はキレるくせにデスクワークを――…、観客の頭を駆け巡る男に対する様々な言葉はどれを持ってしても男を満たすことはできない。どれを持ってしてもこの男の溝を埋めるような答えは見つからない。そう、思う。




「……ヒュ、」




そして客はこの質問に男の真名で答えようとして、口を閉じた。




――これは決して言ってはいけない。そう頭の中で警告音が鳴り響く。もし告げれば……。









「――貴様は私の願いを叶える、ただそのためだけの駒だ」




「……うん、そうだよね。俺は駒だ」



「それ以外に何がある。貴様は他に何か違う答えを望んでいたのか?」



「はは、そんなわけないよ。ちょっと意地悪してみたかっただけ」






その声にはさっきまでの無機質な声は含まれていない。男は今だ真意が読み取りにくい不確かな微笑みを浮かべながらも、血糊を拭き取り、刀を鞘に納める。瞳の奥に在ったあの悲痛な声はもう聞こえない。いつもの調子を取り戻したのか。ほっと胸を撫で下ろすその反面、暗澹たる気持ちに蝕まれる。どうして私はこやつに対してこうも臆病なのか、と。






「ごめんね」






へにゃりと笑うその表情に観客はまた胸が苦しくなり軍帽の鍔で視界を遮る。






「そうだよね、うん、ごめんね」








まるで確認するように繰り返す男はそのまま客の横に笑顔で歩いて、ただ一言、小さな声で呟いた。



















『 俺"らしく"なかったよね 』





















ダイヤモンド格子の牢獄
(あやふやな等号記号、A=B=C=A、つまり堂々巡り)












――あぁ、いつか飲み込まれるのだろう。私はすでに『私』ではあらず。私を説明すればするほどに私は『私』から離れていく――




















(今すぐにでもこやつを抱きしめなければ、そう思ってしまったのは私のエゴだろうか)


(しかし触れてはいけない)


(その仮面を壊してしまえば)


(何も残らない)









09.11.10(THU)


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