本編いち
□ぷろろーぐ
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「お父さんが用意した婚約者と結婚するんだ。」
それは突然のこと過ぎて、リンはその綺麗なスカイブルーの瞳をもった目を見開いた。結婚という言葉は、恋愛というものを踏まえてから聞くものだとばかり思ってたのに、そんなこと全部すっ飛ばして結婚だなんて。リンはお父さんであるシャンスパーが大好きだけど、その言葉を聞いて初めて少し嫌いになった。
どちらかと言うと放任主義なシャンスパーのことだから、結婚についてもリンに全て任せているもんだと思っていたのに。
「あたし、嫌だよ。」
「リン、お前はヴァッツィー家の一人娘であり、この国を背負う姫なんだぞ。」
「わかってる、けど…」
リンは口を濁らせる。こうなることはシャンスパーにも大体予想は出来ていたけれど、こうする他に手っ取り早く結婚相手を決める方法が浮かばなかったのだ。
この国では、王の娘または息子は18歳になると同時に結婚して王位を継承しなければならない。それなのにリンは18歳まであと1年半だというのに、婚約者どころか婚約者候補すら見つけていないのだから。
「まだ1年半もあるんだよ!?」
「もう1年半しかないんだ。王位を継承する前に、次期王候補は半年間の修業を積まなければならないのをお前もわかっているだろう?」
「でも…あたし、自分で決めた人じゃないと結婚しない!」
「リン!?」
大声をあげて、リンは王室を飛び出した。そして走り出すリンをシャンスパーと、廊下にある王室の出入口のすぐ横に立っていたリンの護衛係であるウティーことウティシェが追い掛ける。けれどそれは一足遅く、リンは部屋の鍵をかけて全面拒否状態。
「リン、リン!出て来てくれ、リン!」
「お嬢様!俺が話を聞きますから、とりあえず鍵を開けてください!」
「あたしはお父さんが意見を変えてくれるまで開けないんだから!」
扉の向こう側から聞こえてくるリンの声に、シャンスパーは扉に手を当ててガックリと肩を落とす。それを見たウティシェは、再び扉を叩き出した。細かい話の内容はわからないが、結婚について揉めているのだということはわかる。そして、リンがシャンスパーの意見に反対しているのだということも、よくわかる。
「お嬢様、開けてください!」
「嫌だ!」
「何で!」
「何でも!」
「…ったく、この頑固者!早く開けろ、リン!」
痺れを切らしたウティシェが殴れば、ガンッという、扉が壊れるんじゃないかってくらい大きな音がして。一瞬で静まり返ったその空間に、鍵を開けるカチャという音がやけに響いた。その瞬間、シャンスパーの表情が少しだけ明るくなる。
開けた扉の隙間から少しだけ顔を覗かせたリンは、怯えたような表情でウティシェの目を見て。それからすぐに足元へと目を反らす。
「怒ってる…?」
「いえ、怒鳴ってしまって申し訳ありません。」
「怒ってないなら良いよ!」
ウティシェの返事を聞くなり、リンは瞬時に笑顔になってウティシェに抱き着いた。それからほんのり顔を赤くするウティシェに気付かずに、リンは2人の横で項垂れているシャンスパーに向かって舌を出す。所謂、あっかんべー。それを見たシャンスパーが更にショックを受けたのは言うまでもない。
「わ、わかった…、無理矢理に結婚はさせない。」
「お父さん…!」
「だが、1年以内に婚約者候補を連れて来ることが条件だ。」
「……え?どういうこと?」
意味がわからず聞き返すリンと、意味を理解したらしく溜息をつくウティシェ。そんなウティシェの反応にシャンスパーは笑みを零した。そんな2人を見て、更にリンの頭上にはハテナマークが浮かぶ。
「“可愛い娘には旅をさせよ”ですか?」
「いやぁ、流石ウティシェ!以心伝心を祝ってハグしようか!」
「すみませんが、俺はリンお嬢様にしか興味ないし、王とは言え中年のジジイとハグする気は毛頭ありません。」
「……泣いちゃう。」
「勝手にしてください。」
さらさらな銀色の長髪を後ろで1つに結い、足は長く、髪と同じ銀色の瞳を持っている。つまり美男子であるウティシェが見せる爽やかな笑顔と毒舌に反抗出来るのは、今の所リンと“あの人”だけだ。その地位が護衛であろうと、例えばゴキブリやダニであったとしても、メンタルでの地位は上位。
現に、国王や大王についで3番目に偉い地位にいるシャンスパー王にまで見下したような発言をしている。
「とにかく!リンが好きになった人と結婚したいと言うのならそれで構わないが、旅に出て様々な男を見てから決めるんだ。」
「あたし…1人で?」
「いや、ウティシェを護衛に付ける。」