ギンイヅSS

□嫁
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「ボクのお嫁さんにならへん?」
いつもと変わらぬ昼下がりの執務室で、突拍子もないことを言い出す市丸に、イヅルは書類から目を上げた。
「何ですか、突然」
「何て、イヅルがボクのお嫁さんになったらええのに、と思ったんや」
「はあ。なぜです」
イヅルの質問に市丸はにんまりと笑うと、おもむろに手招きし、イヅルを側に呼んだ。
市丸はイヅルの頭に手を伸ばすと、まるで犬か猫でも可愛がるように髪を撫でる。
「隊長」
イヅルは困惑したが、市丸は満足気にイヅルを見て頷いた。
「イヅルは別嬪さんやし、頭もええ」
「あ、ありがとうございます」
突然の褒め言葉に恐縮し、イヅルは俯いた。
「勤務態度見とっても、頑張り屋さんやしなあ」
「そんな」
「せやから、お嫁さんになってずっとボクの側におったらええ思たんや」
「隊長…」
思いかけず優しい言葉をかけられて、イヅルは胸を熱くする。
「僕は、隊長がお望みでしたら、いつまでもお側に居ります」
「うん、おおきに」
そう言うと市丸はイヅルを抱き寄せた。
市丸の胸に抱かれ、イヅルはうっとりと目を閉じる。
しかし、ふと気になり市丸の顔を見上げた。
「あの、なぜ『お嫁さん』なんですか」
副隊長でも良いのでは、とイヅルが首を傾げる。
それを見て市丸が、
「あれ、ボク言わへんやった?」
と、イヅルの耳元に唇を寄せた。
「イヅルは別嬪さんで賢うて、頑張り屋さんや」
市丸の囁きにイヅルはくすぐったそうに身を捩る。
「そんでもって、あっちの具合もええからや」
「なっ!た、隊長っ!!」
イヅルは思わず市丸の体を押し退けると、身構えた。
「ほんまのこと言うただけやで」
「や…そ…」
顔を真っ赤にして、黙ってしまったイヅル。
その視界をふわりと何かが遮る。
「あの、これは」
イヅルの頭から被せられたのは市丸の隊長羽織。
「かいらしお嫁さんの出来上がりや」
すっぽりと頭から掛けられた白い羽織に包まれ、イヅルは狐の嫁入りならぬ、狐に嫁入りさせられそうな自分に盛大なため息をついたのだった。
(終)

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