サイサス

□雷鳴
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もう二度と

同じ過ちは




あの時 彼奴は














降り止まない雨の中。
どこかで稲光が。

真っ昼間だというのに空は暗く分厚い雷雲は真っ黒で只でさえ小さい窓からの景色を更に狭くする。

遠くで低く小さく雷鳴が轟く。

まだまだ遠い。
でも確かに。

雷が近付いてくる。
少しずつ。けれど大胆に。









雷は苦手だ。

いつからだろう。

小さい頃は平気だった。
むしろわくわくした。
窓から外を覗いていた。
鋭く光るのを待っていた。
腹の底に響く雷鳴を待っていた。

でもいつからか。



だってそれは自らの手で生み出せるものに。


楽しみにするものでも。
恐れるものでも。





だってこれは


只の人殺しの


彼奴を

仇を

因縁を

全てを断ち切る

只それだけの為に
















怖い 

初めてそう思ったのは全てが終わってから。


本当に全てが。

この身一つで木ノ葉に戻り、様々なことが在るべき場所に還ってから。



怖い

それまで持ち得なかった…いや、忘れていた感情は自分を何も知らない子供のように脅えさせた。



今もこうして。
ソファに身を沈めて。

待っている。

膝を抱えて。怖いくせに。
眼は窓を捉えたまま。

その窓は雨が入ろうと構わず開け放ってある。


自分は。

ただ待つしか出来なくて。












その時滑るように窓から入ってくる。

小さな一羽の鳥、ではなく鳥の形をした墨の造形物。

それはいつも開きっぱなしの巻物の上に降り立ち真っ白だった紙に文字を象る。


『正午マデニハ』


すぐに時計に眼をやる。
正午には秒針があと一周もすれば辿り着く。

途端、玄関のチャイムがなった。

















「ただいま」

「…おかえり」

「ごめん、びしょ濡れで」

「待ってろ、タオルを…」




「……はい、」

「ありがとう」

「大変だったのか?その……任務は」

「いつも通り。…ただ報告がね、少し長引いて」

「……カカシか」

「仕方無いよ。火影は忙しいんだから」

「……。」

「そんなに怒らないで…その代わり休みを一日増やしてくれた」

「じゃあ明後日も休みなのか」

「うん。明日は君が任務だけど明後日は君も休みでしょう?」

「…ああ」

「一緒に居られる」

「…あ、ああ…そうだな」

「…ふふっ」

「……。」



「そういえば……ちゃんと届いた?」

「……つい、さっき」

「そっか、じゃあボクの方が早かったかもしれないね」

「…そうかもしれないな」

「もう少し早く送ればよかった。ごめん」

「別に…仕方無い。遅れたのは雨のせいだ」

「でも…」

「無事で帰ってきたんだからそれでいい」

「…うん、サスケがそう言ってくれるなら」



「……風呂に入るか?沸かしてある」

「もう少し後で入るよ」

「風邪を引く」

「少しくらい大丈夫」

「…………俺も、大丈夫だから」

「……。」

「だから…」

「ボクが居たいんだよ」

「……。」

「一緒に、ね?」

「……すまない」

「謝ることなんかないよ」

「じゃあ……ありがとう…」

「どういたしまして」





「……馬鹿みたいだな」

「何が?」

「雷遁を使うくせに…雷が怖い、なんて…」

「そんなこと別に…」

「……。」

「……ボクだって」

「…?」

「本物の蛇や鼠が出たら驚くよ」

「…!」

「獅子が来たら逃げる」

「っハハ……そうだな」

「うん」

「……。」

「何も変なことじゃないよ」

「……。そう、だな」

「怖いのは悪いことじゃない」

「……うん…」

















弱くなったのだろうか

自分は


怖い と

子供のようにすがる


もう 独りでは
















憎しみを糧に

独りで生きていた




あの頃は

独り

何も怖れてなど



でもそれは

何も知らずにいただけで







憎しみ 恨み 悲しみ

救い様の無い感情

それに支配されて



それらが全て流れた後


残ったのは

懺悔と後悔



知るべきは


守られていたこと


どれだけ 想われていたか



気付くのが遅かった


あの時雨に打たれながら

俺は


何故 最後に

彼奴は

笑ったのか と













もう二度と

同じ過ちは

繰り返さない


繰り返せない








あの時

許せと

これが最後だと

彼奴は笑った



だとしたら


でもそれはどこまでも

自分に都合のいい

考え方で


けれど










こうして

濡れるのも構わず
しがみつける
温もりがあることを


こうして

柔らかく耳を塞ぐ
腕があることを




これを

幸せだと感じること




それが弱さなのだとしても





彼奴はまた


許すのだろうか

この愚かな弟を


静かに笑い


その指で額を小突いて















end
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