Baby,It's you.
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間違った情報は、大変迷惑な結果をもたらすようです。
高校生活四日目の放課後。私は旧校舎の北側の、学校の敷地の境界を示す塀と校舎の間の隙間、幅にして3メートル程の裏庭でそう痛感しました。
太陽と言うものは同じ方角にしか昇らなくて、それでいて陽光は物質を通り抜けることは出来ないから、校舎の北側のこの場所は湿ったくて薄暗くて。少しくらい、太陽も軌道をずれてくれたって良いのに。本当、人間界て、儘ならない。
その薄暗くてじめじめした環境で、私は4人の女の子に囲まれていました。勿論4人とも人間で、私と同じ制服を来ています。上履きの色が蔵馬さまと同じなので、三年生の方のようです。先輩ということですね。
「ねえ、水乃森さん」一人の先輩が言いました。
『なんでしょう?』私は敬語でお答えします。年齢的には年下ですが社会的には先輩なので、礼儀を弁える必要があるのです。
「貴女、南野くんとどういった関係なの?」
先輩の質問に、私は首をきっちり30度傾けて『どういった、とは?』
「だから!付き合ってるのかそうじゃないのか、ってのを聞いているのよっ!」
急に二人目の先輩が大きな声で言いました。この場合、付き合っているということは恋人同士という意味なのでしょう。
『いいえ』私は首を横に二往復。『付き合っていません』
「だったら、どうして、毎日一緒に登下校してるのよ」
一人目の先輩が私に詰め寄ります。私は校舎の壁を背にしているので、先輩が距離を縮めた分私と先輩は近付くことになります。
今度の質問には返答に困ります。理由を聞かれても、蔵馬さまがコエンマさまに私の護衛を依頼されたから、としか答えようがありません。そうなると、何故私に護衛が必要なのかも話さなければなりませんし、私が人魚で、魔界では稀少価値が高いから狙われているということも話さなければなりません。さあ、困りました。私が人魚であることは、学校の皆さんには秘密なのです。
『ええ‥と』ご機嫌斜めな方を余りお待たせする訳にはいきません。とりあえず、私にも蔵馬さまにも支障のないよう答えておくことがベストでしょう。
『私のお祖母さまのご友人が、南野さんのお知り合いだったのです。私はこちらに来て日も浅いので、南野さんに身の回りのことをお世話になっているんです』
ええ、もう、これが、考え付く限りの私のベストアンサー。これでご納得頂かなければ、蔵馬さまに説明して頂くしか、他に方法がありません。
「じゃあ、南野くんはその人の顔を立てる為に、あんたと一緒にいるだけなのね?」
『ええ、そういうことです』
「あんたと南野くんは、付き合ってなんかいないのね?」
『ええ、付き合ってなんかおりませんし、それに、くら‥‥いえ』危ない危ない。『それに、南野さんは、私のことなんて見ていらっしゃいません』
私は真っ直ぐ、何も言わない三人目の先輩を見つめて言いました。
この方、どうも他のお二人とは違うようで。お二人の剣幕に時折びくりと身体を震わせたり、私の様子を窺ったり。今だってほら、私がにっこり笑うと、三人目の先輩は驚いたような表情をなさいます。
「なあんだ、だったら良いのよ」
「私たち、一年生の時から南野くんが好きなのに、いきなりぽっと出の転校生なんかに取られちゃたまらないわよね」
一年生から、と言うフレーズに、私は思わず、どくん。ああ、これ、心臓の音だ。
だって、一年生からということは少なくとも二年間。これからも蔵馬さまをお慕いするのであれば、先輩方は一体何年間、蔵馬さまを思い続けるのでしょう。
『お察しします』
悪い人。こんな幼気な人間の女の子を三人も。
人間の短い寿命のなか、一体、人生のなん分の一を蔵馬さまへ捧げるのでしょう。
終わりすら分からず思い続けるなんて、
そんなのまるで、
まるで、私じゃないですか。
「なによ、それ、同情のつもり?」
そう仰ったのは、二人目の先輩。
私は、その言葉に、にっこりと首を振ります。『同情にすらなりませんね。すみません』
『先輩方のお話が終わりでしたら、忠告させて頂きます』
暗くてじめじめした校舎裏は、太陽すら見えなくて。
ああ、だから私は暗いまま
お日さまみたいなあの方が、急に見えなくなったから。
『伝えたいお気持ちがあるのなら、お伝えした方が良いですよ。会えなくなってしまう前に』
だって、そうでしょう?
太陽はいつだって同じ場所にあるのだから。
隠れていたって、会いに行けば良いだけだと思っていたのに。
もう、二度と会えないだなんで、誰が想像出来たのでしょう。
お日さまが見えないと、私はいつまでたっても真っ暗なのに。