Baby,It's you.

□01
2ページ/2ページ





 結局、Fly me to the moon.は唄われないまま。



 間奏の、高瀬さんのアレンジは、秀逸なのに。



 私のせいで皆さんに聴かせられなかったのだと思うと、自然と、唇から溜息が漏れてしまいます。




 帰り道。もう、日付が変わる時間。


 本当は、高校生が、こんな時間まで働いちゃ、いけないんですよね。



 もうすぐ高校生になる私は、少しだけ、どきどき。




「どうしました。

 さっきから、元気がない」




 隣を歩く蔵馬さまが、私の顔を覗き込みます。




 大きな瞳が月の光に綺麗に映えて、また、どきどきしてしまいます。





 一足先に、魔界から帰った私は、すぐに彩子さんのお店に直行しました。



 長い間お休みしていことを謝って、それから、今日の今日まで、毎日唄わせて頂いて。



 闘いを終えて、人間界に帰られた蔵馬さまにそのことを報告したら、なぜか不機嫌になってしまわれたのですけど。



 蔵馬さまは、その日から、毎日帰り道を一緒に歩いてくださいます。



 統一トーナメントで王さまは決まっても、私の心臓が欲しい妖怪は、存在するから、と。




 まだ、お怪我が癒えきっていない蔵馬さまに、こんなにご迷惑をおかけして、更に、ご心配までして頂いて。



 甘えては、駄目ですよね。



 私は、首を横に2往復させました。




『いえ、なんでもないです。

 ちょっと、その、疲れてしまって‥』



「おや、それはいけませんねぇ。

 明後日から、学校なのに。


 明日は、仕事は」



『お休みです』



 蔵馬さまの言葉が質問になる前に、私の唇が自動的に答えました。



 それは、反射とも言います。



 つまり、思考の伴わない言葉。




「それは良かった」




 蔵馬さまは、そう仰ると、にっこりと頷きます。



 つい先日まで、大怪我をしていたとは思えないほど、綺麗な笑顔。



「紗々が引っ越して来てから、いろいろとありましたからね。

 明日は、一緒に羽根を伸ばしませんか」





 そう仰って、右手で私の左手を掬う蔵馬さまは、とても楽しそう。




 背後からの街灯の明かりが青白くて、まるで、蔵馬さまに、羽根が生えたみたい。




 幻想的なお姿に思考のダイヤが乱れてしまいます。


 蔵馬さまは、本当は有翼の妖怪で、明日は大きな羽根を休めるために、雲の上に遊びに行かれるのでしょうか。



 私の知らない遥か上空で、白い翼を広げている蔵馬さまを、2秒間だけイメージ。




「紗々、聞こえてる?

 デートの誘いをしているんですよ」







前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ