Baby,It's you.
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結局、Fly me to the moon.は唄われないまま。
間奏の、高瀬さんのアレンジは、秀逸なのに。
私のせいで皆さんに聴かせられなかったのだと思うと、自然と、唇から溜息が漏れてしまいます。
帰り道。もう、日付が変わる時間。
本当は、高校生が、こんな時間まで働いちゃ、いけないんですよね。
もうすぐ高校生になる私は、少しだけ、どきどき。
「どうしました。
さっきから、元気がない」
隣を歩く蔵馬さまが、私の顔を覗き込みます。
大きな瞳が月の光に綺麗に映えて、また、どきどきしてしまいます。
一足先に、魔界から帰った私は、すぐに彩子さんのお店に直行しました。
長い間お休みしていことを謝って、それから、今日の今日まで、毎日唄わせて頂いて。
闘いを終えて、人間界に帰られた蔵馬さまにそのことを報告したら、なぜか不機嫌になってしまわれたのですけど。
蔵馬さまは、その日から、毎日帰り道を一緒に歩いてくださいます。
統一トーナメントで王さまは決まっても、私の心臓が欲しい妖怪は、存在するから、と。
まだ、お怪我が癒えきっていない蔵馬さまに、こんなにご迷惑をおかけして、更に、ご心配までして頂いて。
甘えては、駄目ですよね。
私は、首を横に2往復させました。
『いえ、なんでもないです。
ちょっと、その、疲れてしまって‥』
「おや、それはいけませんねぇ。
明後日から、学校なのに。
明日は、仕事は」
『お休みです』
蔵馬さまの言葉が質問になる前に、私の唇が自動的に答えました。
それは、反射とも言います。
つまり、思考の伴わない言葉。
「それは良かった」
蔵馬さまは、そう仰ると、にっこりと頷きます。
つい先日まで、大怪我をしていたとは思えないほど、綺麗な笑顔。
「紗々が引っ越して来てから、いろいろとありましたからね。
明日は、一緒に羽根を伸ばしませんか」
そう仰って、右手で私の左手を掬う蔵馬さまは、とても楽しそう。
背後からの街灯の明かりが青白くて、まるで、蔵馬さまに、羽根が生えたみたい。
幻想的なお姿に思考のダイヤが乱れてしまいます。
蔵馬さまは、本当は有翼の妖怪で、明日は大きな羽根を休めるために、雲の上に遊びに行かれるのでしょうか。
私の知らない遥か上空で、白い翼を広げている蔵馬さまを、2秒間だけイメージ。
「紗々、聞こえてる?
デートの誘いをしているんですよ」