H×H
□春の嵐
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空気を支配するのは、桜の嵐。
ひらひら、くるくる舞う花弁が、一枚一枚、光を反射して、
きらきらしてる。
なんて、綺麗。
初春の終わりを楽しみながら、定番の場所で、うんと伸びをする。
桜は、もう、若葉の緑が半分くらい侵食しちゃってて、散った花が、私に降ってくるみたい。
季節限定の春の鳥の声が、辺り一帯に響いている。あれ、初春の鳥だから、少しだけ遅いのか。昔の人だったら、わるしもの、なんて言っちゃってるね。でも、良いの。私は好きだから。
ああ、桜吹雪がきらきらしてる。
授業、さぼって正解だったな。独り占めですよ、この景色。
新しく持ち込んだクッションに頭を埋めて、視界いっぱいのきらきらと、聞き慣れた足音。
起き上がってみると、やっぱり、見慣れた人影。
『あれれ、珍しい。クラピカも、さぼり?』
「まさか。私は、仕事から戻って来たばかりだ」
クラピカは、私のお手製ベッドに腰掛け、長く長く、二酸化炭素を吐いた。敗のなかの空気が、全部搾りだされてしまいそうな、そんな呼気だった。
『お疲れ、みたいだね』
「ああ、ボスの我儘にも、困ったものだ」
『はは、お疲れさま。夕飯、好きなもの作ってあげる』
クラピカの額にかかっている髪を優しく払って、労いの言葉を掛ける。白い額は汗ばんでいて、疲労の匂いがした。
「桜吹雪か。綺麗だが、儚いな」
ピンク色の破片を見上げて、呟くクラピカ。風が吹く度に、色素の薄い髪が揺れて、花弁に紛れてしまいそうだ。
『儚い、か。正解かも。散り際限定の風景だからね。だからかな、すごく、綺麗』
「ああ、だが、どこか悲しげだな」
『悲しい?どうして?』
クラピカは、空中に舞う花弁を見つめたまま。決して、私の方を見ようとはしない。
「桜も、これで終わりかと考えると、悲しくはないか?」
『‥‥そうかなあ』
頭上の枝を見上げて、呟く。桜吹雪は、全てそこから降ってくるものだ。
きらきらのピンク色の破片の向こうに、新緑色の若葉が見える。
『確かに、花は散るけれど、終わりじゃないよ。この木は、まだ、生きてるもの』
「生きている‥‥」
『そ。ほら、若葉、出てるじゃん。無視しちゃ、可哀想だよ』
クラピカが、やっと私を見る。やっぱり、疲れてるみたい。クラピカにしては、力の抜け切った表情だ。
『大丈夫だよ。生きてるよ。途切れない。続いてく』
「そうか」
クラピカは、それだけ言って、私の傍らのクッションを引っ掴む。素早い動作で、クッションを、さらさらの髪の下に敷いて、仰向けに寝転んでしまった。
『ちょっ‥‥それ、私のっ』
「ん、仕事で徹夜続きなんだ。静かにしていてくれないか」
『聞く耳持たずかっ』
そのまま、ころんと横になるクラピカ。さっさと瞼を閉じて、呼吸は規則正しく、安らかだ。
『もー』
私は、呟いて、空を仰ぐ。
相変わらず、空気は、花の欠片で、きらきらと輝いている。
ああ、綺麗。
まったく、
『私は、どーすれば良いのよ』
徹夜だったと言う割りに、肌荒れ一つないクラピカの頬を、そっと、突ついてみる。
優しく触れたつもりだったのに、クラピカは、少しだけ瞼を開けて、こちらをちらり。
「うるさい」
『あ、‥ちょっ‥』
腕を引き寄せられて、その胸元に閉じ込められてしまう。無理矢理、寝転ばされたから、少し、態勢が苦しいのだけど。
『クラピカ、腕、痺れない?』
「ん、‥枕が欲しいのでは、なかったのか?」
珍しく、質問を質問で返される。相当、疲れてるな、クラピカ。
枕が欲しかったわけじゃないけどさ、でも、この腕は、とても心地好い。
『欲しかった、‥かも』
正確には、クラピカが。
言わないけどさ。
空は、
相変わらず、
きらきら、
綺麗。
きらきらの夢が見れそうだな、と思いながら、私は静かに瞼を閉じた。
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