H×H

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 エプロンを着用し、キッチンに立つ私を見て、硬直するキルアに掛ける言葉は、一つしかない。


『おはよー、キルア』


 シャワーを浴びた髪を、しっかり拭いもせずに、ここまで来たのだろう。癖の強いシルバーの髪からは、冷たい雫が伝い落ちている。


『あ、もー。またびしょ濡れで』

「なっ‥‥は?え、‥ダレ?」


 オムレツをひっくり返しながら眉を顰める私を、キルアは大っきな瞳を、更に大きくして見つめている。‥‥目、本当にでかいな。羨ましい。


『ダレって、‥‥あんた、分からないの?』


 質問を質問で返して、溜息。まあ、無理もないな。


 いまの私は、キッチンに立っていると言っても、踏み台に乗って背伸びをしなければ、フライパンを扱うのさえ難しい身長だ。包丁だって、柄の部分が太くて、握りにくい。


 というより、一見、保護者の監視なしでは火を扱ってはいけない年頃なのでは、と考えてしまう。鏡で自分の姿を確認したが、恐らく、十歳くらい若返っているだろう。いや、身体的な幼児退行だ。


「レインっ?」

『正解。気が付くの、遅すぎないかな』


 声を張り上げて、私の名前を呼ぶキルアを見上げ、オムレツを盛ったお皿を渡す。


 素直にお皿を受け取るキルアは、頭のなかは混乱しているようで、いつになく隙だらけな表情。ちょっとだけ、可愛いな、なんて思ってみたり。

 まあ、そうなるよね。うん、そのリアクションは、正解だよ、キルア。

『お皿、落とさないでね』

「あ、ああ。‥じゃなくて、なに、呑気に料理してんだよっ」

『え、だって、朝ごはん食べないと。学校、あるし。お弁当も』

「二、三食抜いたって、平気だっつのっ!
 それより、何なんだよ、これっ!原因はっ?心当りあるのかっ?」


 おお、珍しく、キルアに叱られてしまったぞ。この格好では、キルアの方が背が高いから、違和感はないけれど。


 いやいや、キルアの方が背が高いということに、違和感を覚えなければいけないんだよね、この場合。意外に順応している自分を発見。


 それにしても、原因かあ。誰かの念能力なのかな、やっぱり。他人を若返らせる能力?メリットを感じないなあ。


 あ、ビスケなんか、喜びそうだよね。


 さすがのクッキーちゃんも、ここまで極端なアンチエイジングは、不可能だろうし。


 あーあー、こんな身体じゃあ、昨日、ビスケに選んでもらった化粧品も、必要ないな。試してみたかったのに、残念。



 ん、‥‥ビスケ?



『あ―――‥‥』

「なんだっ!なんか、思い出したかっ!」

『いや、‥‥うーん、多分‥でも‥‥』

「間違ってたって怒りゃしねーよっ!言えっ!」


 私の両肩を掴むキルア。どうやら、怒るか怒らないかの選択肢が彼の中に在るらしい。私はなるべく慎重に、可能な限り言葉を選んで、当たり障りのない口調で、キルアに『ビスケット=クルーガーに会いたい』と伝えた。




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