H×H
□Last Night of the Year
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フリークス学園学生寮。
生徒の大半が生活しているこの建物の、広く豪華な食堂。
普段は一般の生徒に開放はされていないのだけど、今日だけ、今夜だけ、特別。
だって、今夜という時間が、特別なものだから。
「レインさん、乾杯」
『乾杯、ゴンくん。一年お疲れさま』
右手に持ったグラスを、ゴンくんのグラスに軽くぶつける。私のコーラと、ゴンくんのグラスに入った橙色の液体が規則的に揺れた。
『今年も終わりかぁ。
なんか、早いね』
「本当に。いろいろあったからねー。
この学校にいると、やっぱ楽しいや」
『うん、こんな風に、みんなで忘年会もできるしね。
ゴンくんは、演出係だったっけ』
「うん。レインさんは、料理係だよね。
オレ、レインさんのケーキ、すごい楽しみ」
『メンチの料理には、及ばないけどね』
苦笑いして、テーブルをちらり。
山盛りのお皿の上は、一見、豪華絢爛だが、実は立食パーティーに適した食べやすいものばかり。
『さすが、だよねぇ』
こんな素晴らしいオードブルに、デザートが私のケーキで良いんだろうか。みんなの反応が怖くはある。
そんな私の不安が、どうやら表情に出ていたらしい。隣で生ハムを取り分けていたゴンくんが、私の顔を見て笑った。
「キルアが、いつも、レインさんは料理上手だって自慢するからさ。俺、レインさんの料理、すごい楽しみ」
そう言って、歯を見せるゴンくんの笑顔は、本当に素直。今は、その純粋さがプレッシャーなのだけれど。
『あれ、そういえば、キルアは?』
ふと、私のハードルを上げた張本人が、今日は、ゴンくんの隣にいないことに気が付く。
いつも、私か、ゴンくんの周りから離れない筈なのに。
私が周りを見渡していると、ゴンくんが、「ああ、キルアなら」と、窓際を指差して、
「あそこで、ビスケに絡まれてるよ」
ゴンくんの人差し指に従って、窓際を見ると、発泡酒が入ったジョッキを両手に持ったビスケが、キルアの首に腕を回していた。
「ほらほらぁ〜、キルア〜、私の酒が飲めないっての〜?」
「タチわるっっ!
最低なからみ方すんじゃねぇよ、ババアっ!」
うん、大丈夫。キルアは、強い子だから。
「あーあー、大変そう」
『と言いつつ、助けには行かないんだね、ゴンくん』
生ハムを頬張るゴンくんを横目に、私はコーラを煽る。
口内の炭酸の刺激を楽しみながら、キルアを助けないのは、私も同じか、と思った。
「あ、クラピカ」
生ハムの次はペンネを咀嚼し始めたゴンくんが、もぐもぐしながら、私の背後に目を向けた。
振り返ると、薄い色素の髪をしたお人形みたいな男が近付いて来た。
『クラピカ、一年お疲れさま。
来期も生徒会長継続?』
グラスを挙げてクラピカに挨拶。クラピカも、茶色い液体を揺らして、自分のグラスを軽く挙げた。
「ああ、まさか、再任するとは思わなかった」
「そうかな。クラピカ以外に適任なんていないよ」
そう言って笑うゴンくんに、クラピカが口元だけ笑って応える。
ついでに、グラスを持っていないほうの手で、ゴンくんの頬に付いたソースを拭いてやる。‥うーん、クラピカ、面倒見が良くなったなあ。
「レイン、少し、いいか」
突然、向き直られて、私は首を傾げた。
『ん、なあに』
返事をしたのに、クラピカは私の脇をすり抜けて行ってしまう。ついてこい、ってことらしい。クラピカは、いちいち、言葉が足りないと思う。
とりあえず、ゴンくんに手を振って、ついていくことにした。
出入口付近まで移動して、壁を背もたれにするクラピカの正面に立つ。
クラピカは、グラスの中身を一口飲んで、私を見た。
「レイン、これから、どうする気だ」
『これから、って、えっと。
まず、時間いっぱいまでここで飲んで騒いで、それから、カウントダウンして、新年迎えたら、新年会に雪崩こんで、そんで初日の出見て、お開きのつもり』
みんなで話していた予定を、時系列順に説明すると、クラピカは呆れたように溜息を吐いた。
まあ、いつもの溜息なんだけど。いっそ、それがクラピカの呼吸法じゃないか、なんて思ってしまう。
「そんなことだろうとは思っていたが」
二酸化炭素を吐きながらの言葉に、『じゃあ聞かないでよ』と小声で呟く。私は、もとからの計画を読み上げただけだ。もはや、プットアウト作業と同じ。
「レイン、遅くならないうちに、帰れ」
『はぁ?』
当たり前のように言い放ったクラピカに、思い切り調子を外した声をあげてしまう。
『いきなり、なに言ってんの。
私がここで年を越すのが、気に入らないっての?』
「その通りだ」
クラピカは私と目も合わせない。綺麗な茶色の瞳は、瞼に隠れてしまっている。
『いやだ』
「レイン」
『いやったら、いや。
もう、クラピカの部屋に泊まる気まんまんだもん。
お泊まりセット、持って来ちゃったもん』
そこまで言い切ると、クラピカはすごく嫌そうな表情をする。顰め面ってやつだ。
あ、クラピカはいつも顰面なんだけどね。いつもの、3割増しくらい。
「レイン、お前が泊りに来るたびに、生活音に聞き耳を立てられる私の身にもなれ」
長い、長い溜息を吐きながら、クラピカがわけの分からないことを言う。
私は、片眉を歪めて、首を傾げた。理解出来ないことを表現したつもりだ。
『なに、それ。被害妄想?
クラピカ、自意識過剰なんじゃない?』
「過剰なものか。レインは、感じないのか」
『感じませんー。
とにかく、嫌なものは、嫌。
今日は、キルアもゴンくんの部屋に泊まるらしいし、せっかくの新年、せっかくのカウントダウンに、1人は、いや』
グラスに1センチほど残ったコーラを飲み干して、クラピカから顔を背けた。怒ったかな。でも、先に視線を合わせないようにしたのは、クラピカだ。
飲物のおかわりが欲しくて、近くのテーブルに行こうとしたら、クラピカが「わかった」と溜息を吐いた。何回目よ、その溜息。
『なにが、分かったの』
「つまり、1人じゃなければ、良いのだろう」
言って、腕を捕まれる。
同時に歩きだしたクラピカは、自分のグラスと私のグラスを、近くにいたレオリオに押し付けて、荷物を置いている一角に向かって行った。
「お、なんだ、レイン、帰るのか」
「ああ、どうやら、飲み過ぎたらしい」
お泊り用の大きな鞄と、分厚いコートを私に手渡しながら、クラピカがレオリオの質問に答える。
まるで、私に答える隙を与えさせないみたい。
レオリオはレオリオで、押し付けられたグラスを見て、にやにやしてるし。
「ま、飲み過ぎなら、しゃーないな。
気ぃ付けて帰れよ」