H×H
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広大なフリークス学園の敷地内で、私は溜息を吐いた。
女子用更衣スペースとして用意された、教室隅の暗闇。
四辺をカーテンで仕切っただけの、心許ない境界線だが、セット裏というコンディションのためか、尊厳は守られている。
それでも、私は溜息を吐いた。
そもそも、浮かれ過ぎたのだ。
いくら、文化祭だからって。
いくら、収入の八割がクラス費に回るからって。
いくら、指名料の三割が、個人のポケットに入るからって。
そうだ。
浮かれ過ぎだ。
私も。
皆も。
着替終ってから五度目の溜息を吐いたとき、セットの表側からポンズが首から上だけを覗かせた。
横向きになっているため、髪の毛が垂直に延びている。
「着替え、終った?」
私の溜息の原因の一つであるポンズは、その可愛らしい唇で、私の状況を窺った。
『そうね。八割。
背中のファスナーとホックを留めてくれる?
それで、九割』
「のこり一割は?」
『私の気持ち』
ポンズに背中を向けて、中途半端に上げたファスナーをポンズに見せる。
ポンズは何かに驚いたような顔をして、素早い動きでセット裏に入り込んで来た。
いつもとは違う、まるでパティシエのようなエプロンを着て、慣れなさそうに歩く姿は、私の心を少し軽くする。
『ポンズ、可愛いなあ』
口角を上げて、私より少し低いポンズの頭を撫でてみる。
「なに言ってんの。早くファスナー上げてっ。
背中、丸見えじゃないっ」
『うん。だから、あげて』
「ああ、もうっ」
くるんと半回転させられて、大急ぎでファスナーが上げられる。それでも、布を咬ませるようなヘマはしない。
「はい、こっち向いて。
ヘッドドレス、直すから」
少し屈んで、頭を差し出す。あまりにも、無防備な体勢。ポンズだから出来るのよ。特別。
「ん、これで良し。
レイン、可愛い」
序でに髪を撫でられて、ポンズが離れる。
ちょっと窮屈な姿勢から、伸びと一緒に直立になる。
少しの解放感と、関節に快感。
『さて、と。お客さんの入りはどのくらい?』
黒くてビラビラしたスカートも、その上のヒラヒラしたエプロンも、私の趣味じゃない。
「上々だよ。
あとは、メイドの頑張り次第」
メイドの頑張り次第か。言ってくれるじゃない。
ねえ、ポンズ。あんたの可愛い唇から飛び出たアイデアのせいで、私はこんな格好をしているのよ?
これでウケが悪かったら、そのさくらんぼみたいな唇、塞いじゃうから。
なんて、前衛的な決意表明をしながら、私はセットの隙間を潜った。
『おかえりなさいませ、御主人さま』
使い古され、しかし非日常的な言葉と共に。