H×H

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 授業終了を報せるチャイムは、神の御恵みに等しいと思う。


 神の子の再来かと思っちゃうよね。


 それがお昼休みのチャイムだったりしたら、もう。


 なにが悲しくて、空きっ腹抱えて小テストに挑まなきゃならんのか。



 広めの教室の前と後ろ、テスト用紙を回しながら、ポンズが「どうだった?」と聞いてくる。


 テストの出来のことかと推測して、『いつも通りかな』と苦笑い。



 いかんいかん。今から腹拵えをするって言うのに、こんな沈んだ顔じゃあ、お弁当さまに向き合えないよ。


 先生が教室を出ていくと同時に、教科書をしまい、お弁当を取り出す。



 前の席のポンズは、椅子だけを反転させて、同じ机に可愛らしいお弁当バッグを置いた。



「レイン、何、その玉子焼き」


 ポンズが私のお弁当を見て、低い声で言った。


 うん、言われると思ったよ。


 味を誤魔化すために、玉子も多くしんだよね。



『いやあ、朝っぱらからイタズラぼうずがね〜』



 頬杖を突いて、溜息を吐く。


「ああ、キルアくん、だっけ?」


『そう。あの、イタズラねこ』


 勿論、初等部でお昼ご飯を食べているだろうキルアのお弁当にも、同じ玉子焼きは入っている。


 蓋を開けてびっくりすれば良いと思う。



「大丈夫なの?」


『なにが』


「ゾルディック家の家出少年なんか、匿っちゃって」



 一口サイズのコロッケをフォークでつっつきながら、ポンズが口を尖らせる。


 多少、発音しにくそうな喋り方は、私のことを心配してくれてる証拠だろう。



『大丈夫だよ。

 キルアの実家の執事さんからも、宜しく頼まれてるし。

 最近は、ちゃんと御飯も食べてくれるようになったしね』



 キルアと出会った頃は、献立にそりゃあ気を遣ったもんだ。


 個別の皿に盛られたものは、絶対に口を付けなかったし、盛り付けだって、キルアの目の前でしなきゃならなかった。



 要するに、警戒されていた。



 変わったよなあ。



 スキンシップの賜物とも言える玉子焼きを咀嚼して、お茶の力を借りて嚥下した。




 キルアとの生活が始まったのは、冬の、寒い寒い日だった。



 その日は昼間から大雨で、傘なんか、意味ないんじゃないかってくらい。



 そんな雨が、夜まで続いた。




 夕方のバイトが、思いの外長引いてしまった私は、濡れるのも寒いのもうんざりで、ちょっと奥まった路地裏を急いでいた。



 怖かったけどね。近道だったから。



 日中お日さまで温められなかった地面は、私の体温を奪っていくようだ。



 マンションの裏の、小さな十字路。ここを曲がれば、エントランス。


 程よく緊張感が解けたところで、私の聴覚は、妙な音に反応してしまった。



 空気を裂くような、一瞬の、音。



 少し戻って、角を覗き込む。



 表通りの灯りなんか、全く届かない、路地裏の奥の奥。



 真暗で何も見えない筈なのに、血と雨でドロドロになって佇んでいたキルアだけは、何故か目についた。








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