H×H

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 一日の始まりは、小さな同居人を起こすことから始まる。


 目覚まし時計は買い与えていたが、音を止める度に壊されるものだから、私が起こすことにしたのだ。



 身支度を終えた私は自室を出て、廊下を挟んで正面の扉を、手の甲で軽く叩く。



『朝だよ。起きろー』


 声を大きめに調節して言うが、部屋の主の返事はない。


 扉に耳をくっ付けてみる。


 部屋内で何かが動く気配もなかった。



 左手首の腕時計を見る。七時丁度。のんびり朝食を摂っていたら、始業時間ぎりぎりだ。


 そりゃあね、私は少しくらい遅刻しても大丈夫だけど、(クラピカに説教はされるけど)私が起こさなかったからって、後で文句を言われたって困るんだよね。



『こらー。もう七時だよ。

 さっさと起きて、支度しなさいっ』



 語調を強くして言いながら、扉を開ける。


 案の定、窓際のベッドの真中に、こんもりと盛ったシーツの山があった。



 その山は膨らんだり潰れたりを繰返すと、内側から右手を出して、枕元の時計を掴むと、シーツの中にしまい込む。



 引き続き、不規則に蠢くシーツに、私は肩を落として『じゃあ、私は起こしたからねっ』と廊下に出た。



 さて、朝ごはん朝ごはん。




 キッチンに立つと、昨日の残りのミソスープを火に掛けて、碗に玉子を割り入れる。実は片手で割れるのが、ちょっと自慢。



 ソイソースを入れて、砂糖の蓋を開けて、



「レイン〜、腹減った」



 うあっ!びっくりした。



 急にお腹の辺りに腕を回され、肩胛骨の間に埋められた顔に驚いて、予定以上の砂糖が入ってしまう。



『ああっ』



 卵液に吸い込まれる砂糖の塊を見て、私は叫び声を上げた。



『キルアっ!


 びっくりして、砂糖の分量間違えたじゃないっ。

 どーすんの、これ。すごい甘いよっ?』



 私の首筋に額を擦り付けているキルアに文句を言うと、「ん〜」なんて呻き声が聞こえてくる。


「いーじゃん。俺、甘いの好き」



 まだ眠そうな、ふわふわしたキルアの声。


 髪の毛が濡れてるから、シャワーを浴びてきたんだろうけど、頭の中は覚醒してないみたい。



 成長期真っ盛りの割りには、がっしりした腕をやんわり外して、解けかけたエプロンのリボンを結び直す。



『ほら、火、使うから、離れて。

 服、着てきなさい』



 タオルが掛かっただけの、裸のままの上半身。


 実家での修行でついたと言っていた傷痕が、まだ生々しい。


ハーフパンツから伸びた、細い脚も同様だ。



 顔を顰めたいが、表情には出さない。心中で眉間に皺を寄せて、『ほら』とキルアを促す。



 何やら呟きながらキッチンを出るキルアは、足音を立てない。


 癖だと言っていた。



 その癖が、気紛れなキルアを、ますます猫みたいにしている。


 餌付けで懐くし。



 グリルから丁度よく焼けた魚を取出し、茶碗に御飯を盛って、ダイニングに運ぶ。



 準備が整った頃、漸くキルアがやってきた。見計らってたかな、こいつ。



 両手を合わせて、はい、いただきます。


「あれ、玉子焼きは?」


『全体的に味付け濃くして、お弁当にした』


 お昼は激甘ジャンボ玉子焼きを食らうがいいさ。




 程よく熱いミソスープを口に含んだとき、キルアが「ねえ」と話し掛けて来た。


「生徒会長と付き合い始めたって、本当?」


「ふぐっ」



 突拍子もない質問に、ミソスープが呼吸器系に侵入しそうだったところを、咽頭がファインプレーで食道に押し返す。


 ナイス咽頭。



『な、なんで、そんな‥‥』



 咳き込む私に、キルアがお水を渡してくれる。



「皆言ってる。

 生徒会長ってあいつだよね。クラピカとかゆう」


『な、なんで知ってるの?』



 キルアが初等部に入学した頃には、すでにクラピカは高等部の会長をしていたし、クラピカとキルアは接点ない筈。



「入学式のときに、ステージで何か言ってたの、憶えてるから」



「人の顔憶えるの、得意なんだよね」と、焼き魚をつつくキルアを見て、どう返事をしようか悩む。



 結婚しようとか言われたけど、まだ婚姻届にサインはしてないし、付き合おうと言われたわけでもない。

 一緒に帰るのはいつものことだし、お昼ご飯はポンズと食べている。いちいち校舎を移動するのは、面倒くさいしね。



 キスは、あの時以来、していない。



『付き合ってる、かあ』



 イエスともノーとも言えない。


 身を乗り出して私の答えを待っているキルアは、沈黙を肯定と受け止めたらしい。


「本当なんだ」と呟いて、相変わらず魚を分解している。



『い、いやね、付き合ってるってカタチじゃないんけど』


「でも、婚約したって聞いた」


『そ、そんなことまで噂になってるの?』



 なんということだろう。


 クラピカから告白されて一週間。


 私たちはそんな目で見られていたのか。


 いや、事実なんだけど。


「もし、レインが結婚したら、俺はどうなるの?」



 猫のような瞳で上目遣いをされ、思わずぎゅってしたくなる。


 なんだこの可愛さは。核に匹敵するんじゃないか。

 これで私のことを「お姉ちゃん」と呼んでくれたら、完璧なのにな。



『大丈夫だよ。結婚しようって言われたことは事実だけど、私は卒業するまでその気はないし。

 その頃には、キルアも独り立ちしてるよ』



 私が『ね?』と微笑むと、キルアは「結婚はする気なんだね」と御飯を嚥下して呟く。



 またも私が黙り込んでしまうと、キルアが「ところでさ」と話題の転換を示唆した。


「そのブラウス、可愛いね」


『え、そお?』


 これは、素直に嬉しい。


 買ったばかりの、お気に入りなのだ。


「うん。よく見ると透けて見えるピンクのブラなんか、もうサイコー」


『着替えてきます』














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