H×H

□You & I
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 久し振りの昼の街は、やけにぎらぎらしていた。人工的な道路や建物に、太陽の光と熱が反射している。気温が高いわけではないのに、眩しさだけがやたらオレの眼球を刺激した。


 実家暮らしだったオレにとって、街中の喧騒は馴染みのないものだ。ククルーマウンテンの麓の町も、ここまで賑やかではなかった。別に、都会は初めてじゃない。オレだって、仕事でこの程度の街には来たことがあるけど、仕事は仕事だ。目的があった。


 だから、まあ、


 ただの買い物の為に、誰かと待ち合わせだなんて、初めてっちゃあ初めてなんだけど。


 コンクリートのビル群のど真ん中に、不自然に木々が覆い繁った公園。更にそのど真ん中に作られた噴水は、待ち合わせ場所の定番らしい。何人かが、時計を気にしながら突っ立っている。その中で、オレは知っている顔を見付けた。


 見付けたっつーか、やたら目に付いた。そいつは、三人の知らない男たちに囲まれていたから。


「ねえねえ、おねーさん一人?」

『え、いえ‥‥』

「俺ら車あるしさ、どっか行こうよ」

『あの、待ち合わせしてるので』

「お友だち?女の子?だったら一緒に」

『いや、えっと‥‥』


 小さな鞄を抱えて立ち尽くすレインを囲むように、男たちは立っている。明らかに、レインの間合いに踏み込んでいた。そんなヤツら、ちょっと手を振れば薙ぎ払えるだろうに、それをしないレインを焦れったく感じる。


「レイン」


 男の一人がレインの肩に手を掛けたタイミングで、オレはレインを呼んだ。距離は5メートルくらい。ぶっちゃけ、一歩で詰めれる距離だ。


『あ、キルア』


 オレを見たレインの表情が緩む。安心したんだと思う。いやだからさあ、不安になる状況でもないだろ。オレの兄貴にケンカまで売ったクセに、なんで一般人相手に怯えてんだよ。


「え、なに、待ち合わせってもしかして」


 男の一人が、近付いたオレを見下ろす。なに驚いてんだよ、オレが相手じゃ悪いのか。あれ、なんかすげーイライラする。なんだ、これ。


 レインに群がる男たちの隙間を歩いて、誰よりもレインに近寄った。男たちがオレの為に道を開けてくれたわけじゃない。隙と間を歩いただけだ。鞄に添えられたレインの手を取り、誘導して、同じ要領で男たちの輪を抜ける。


 自然な動作で目の前から居なくなったレインに、男たちは呆然とするだけ。動きはしっかりと目に映っているのに。頭の回転が遅い証拠だ。


 あっさり脱出出来たことを、レイン自身も驚いているらしい。オレに手を引かれながら、大きな瞳を更に大きくしてオレと男たちを交互に見ていた。『え、あれ?』


「なにやってんだよ、早く行くぞ」

『あ、あ、うん』


 オレの手を握ったまま、レインが頷く。漸く状況が理解出来たのか、握る力が強くなった。


「おい待てコラ、チビっ」


 二歩進んだ所で、取り残された男たちが漸く騒ぎ出した。取り敢えず、一番背の高いヤツがオレに向かって叫ぶ。


 そんなチビ相手に叫ぶしかないヤローどもに付き合う義理なんてねーけどさ、レインが几帳面にも立ち止まっちゃったから仕方ない。呼ばれたら立ち止まるって、どんだけ真面目なんだよ。間抜けなのか。実際、呼ばれたのはオレなんだけどな。


 だからオレは、振り返る前に一度溜息を吐いた。勿論、レインに気付かれないように、こっそりと。そんなオレを、レインは心配そうに見詰めている。


 分かってるよ。やりゃしねーって。こんな真っ昼間から。こんな大勢居る所で。オレの専門、暗殺だぜ?


 オレはゆっくりと振り返り、男たちを見た。


「なんだよ。なんか用か?」


 なるべくゆっくりと。なるべく威圧的に。


 それだけで充分だ。殺気は要らない。こいつらは素人だ。雰囲気だけで良い。


 こいつはヤバい、って雰囲気。


 それがなかなか難しいんだけどな。殺気じゃない。怒気でもない。でも、一発で相手を怯ませる空気。あんまりやりすぎると、免疫のない相手は廃人になりかねないから、加減が面倒臭かったりする。


 今回は良い感じに雰囲気を作れたらしい。男たちはさっきまでの威勢をなくし、その場に佇むだけ。


 オレは男たちがそれ以上なにも言わないのを確認して、繋いだままのレインの手を引っ張った。


「ほら、行くぞ」

『うん』


 今度は素直に頷いて、足早についてくるレイン。


 手は握ったまま。


 小せえ手だな。


 オレもまだ手はそんなに大きくないけど、レインの手はそれでも小さい。それに細い。指なんて、肉が付いてないんじゃないかってくらい、細い。骨に直接、皮膚をはっ付けてるんじゃないかってくらいだ。それでも、不思議と柔らかくて、温かい。すべすべで、ごつごつしてなくて、爪だって、なにか塗ってる感じはないのにツルツルしてる。


『キルア?』


 自分の手に触れる慣れない感触に、不覚にも見入ってしまったらしい。歩きながら繋いだ手を観察するオレに、レインが首を傾げていた。


『どうしたの、えっと、私の手、なにか珍しいのかな』


 オレよりもちょっとだけ高い目線から、それでも見下されるような不快感はなく、話し掛けるレイン。サラサラの髪が白い額に掛かって、大きな瞳がキラキラ輝いていた。


「なっ‥別に、女の手なんて初めてだから、見てただけだしっ」


 そうだよ、珍しかったんだ。別に、小さくて可愛いとか、触り心地が良いとか、こんな手でオレのこと守ろうとしたんだな、とか。そんなこと考えてねーし!


 考えてねーよ。考えてないんだ。だから落ち着けよ、オレの心臓。


 オレは呼吸と血圧と心拍を意識的に操作して、平静を装う。そんなオレに、レインは更に首を傾げた。ほぼ垂直だ。


『そうなの?あれ、でも、キルアって妹さん居るんだよね』

「居たとしても、手なんて握らねーよ。生活だって別々だし。殆ど顔も会わさねー」


 だいたい、まだ女って呼べる年齢でもねーしな。なんてことを言うと、オレがレインのことを女って意識してるみたいで悔しいから、黙っておく。いや、意識してねーけど。してねーけど!


『そうなの?てことは、女の子とデートするの、初めてなの?』

「なっ、で、デートとかっ」


 思わぬ単語に、思わず足が止まる。オレの反応で、レインはなにかを確信したらしい。嬉しそうに笑って、オレの手を握り返して来た。あ、こら、指絡めんな、歩き辛いだろ。


『えへへー、キルアの初デート、奪っちゃったー』


 その手は力強いのに、宝物でも握っているかのような優しさ。要するに、絶妙な力加減。人間の手が、どれだけ力を込めれば壊れるのかを本能で測れる、他人と触れ合って来た人間の強さ。


 人間の構造と耐久性を知識として理解しているオレとは、正反対の強さ。


「デートとか、バカじゃねーの。ただの買い物だろ。つか、一人でしろよ。荷物持ちなんてやだぜ、オレ」

『え、駄目だよ。キルアの服買うんだもの、キルアが居なきゃ』


 買い物の主旨を初めて聞かされたオレは、改めてレインの顔を見た。多分、変な顔をしていたと思う。変な声もあげたかも知れない。


 他人を殺す事が日常だったオレにとって、服を選ぶなんて初めての事だ。いや、実家にはそれなりの服の数はあるけれど、今日着る服ではなく買う段階の服を選ぶなんて事は、オレの仕事じゃなかった。それは使用人がする仕事だ。


 ああ、でも、そうか。そうなんだな。レインは使用人じゃない。でも、作る料理は逸品だし、洗濯も掃除も完璧だ。給料を払っているわけでもないのに、笑顔でそれらをこなしている。変な感じだな。そう言うの、なんて呼べば良いんだろうな。ウチは母親も家事しねーから、正直、分かんねーけど。


「だいたい、なんで待ち合わせなんだよ。一緒の家に住んでんだから、一緒に出れば良いだろ」

『だって、キルアが、編入手続きについて来なくて良いって言ったんだよ』

「ちょっとサインしてくるだけなんだから、オレが帰るまで待てるだろ」

『待てるけど、折角だもん。待ち合わせしたいじゃない』

「だったら、あんなナンパでテンパってんじゃねーよ。一人で突っ立ってたらナンパされる事くらい分かるだろ」


 少なくとも、あれが初めてのナンパだなんて事はないだろう。レインの顔は、割と可愛い方だと思うし。スタイルも、うん、まあ、そこそこってとこかな。あ、かなり甘口評価だぞ、これ。あんまり言うと、本人がイイ気になるからな。


 まあ、そんなレインが、あんな安っぽいナンパに慣れてないなんて事、有り得ないと思うわけで。オレの予想が正しかったのか、レインはちょっと困った表情で笑った。


『ああ、うん、ねえ。どうすれば良いんだろうね、ああゆうの』レインは口の中でもごもご呟やくようにして、それから、オレの手を握り締めてにっこりと。『でも、助かっちゃった。有り難うね、キルア、凄く格好よかった』


 思わぬレインの一言に、今度はオレがもごもごする番だった。


「なっ、カッコ良いとかっ、大袈裟だしっ」

『大袈裟じゃないよ。格好よかったよ。見惚れて、お礼言うタイミング掴み損ねちゃった。本当、有り難う』


 尚も言ってくるレインに、オレはいたたまれなくなって視線を外す。ああもう、なんだよその笑顔。あんなナンパ、下手すりゃ自分でなんとか出来たクセに。それでも、レインは最高の笑顔でオレにお礼を繰り返す。くそ。なんだろうな。なんでこんな可愛いんだろうな。


 世界に名だたる暗殺一家のエリートのオレが。


 こんな、どこにでも居そうな、普通の女の子相手に四苦八苦してんだぜ。考えらんねーよ。


 まあ、考えらんねーけど、悪くもねー‥‥かな。こんな感覚、新鮮だし。新鮮、だからな。それだけだっ。


 視線を外したオレが漸くバイタルを調えた頃、レインが溜息のように呟いた。


『いやー、それにしても、クラピカにも見倣って欲しいよ、あの大人な対応』

「あ?クラピカ?」


 クラピカって言うと、病院でレインに付き添っていたあの金髪か?やたら高圧的な口調と態度が癪に障る。あー、そう言えば、オレがレインの家に居候することになったのもアイツが原因なんだよな。


『あ、うん、幼なじみなんだけどね』レインがクラピカの説明から入る。知ってるよ、と言えないのは、病院でのクラピカとの会話はレインには秘密にしているからだ。『いつも、ああいう人たち追っ払ってくれるんだけど、すごく怖いの。殺意剥き出しだよ。お仕事がマフィアの護衛だから、感覚が鈍ってるんだよねえ。職業病だよ、もう』


 あはは、と声をあげて笑うレイン。


 オレは記憶の中のクラピカを再生して、レインの言葉と照らし合わせてみた。


 空港で協会の遣いっぱとして兄貴と対峙したアイツが、職業病?殺意剥き出し?殺意なんて見せたら、三秒で殺されるぞ、オレの兄貴に。


 そんなクラピカを、レインは幼なじみと言った。


 殺意剥き出しでナンパ追っ払って、で、幼なじみ。


 病院であれだけレインのことで頭いっぱいになってて、で、幼なじみ。


 オレみたいなエリート、搦め手使ってまで護衛に付けといて、で、幼なじみ。


「レインてさ」

『んー?』

「実はめちゃくちゃ鈍感なのな」


 オレの一言に心外そうに驚くレインもレインだが、一生鈍感でいて欲しいなんて思うオレもオレだ。


 ま、オレをレインの傍に置いたのはアイツだし。


 指を絡ませるように繋いだ手を握り締めて、未だ首を傾げているレインを見た。


 今の会話の流れで、どうして自分がそう評価されたのか分からないレインは泣きそうな表情。


 ‥苦労しそうだなー、アイツも、‥‥オレも。





 

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