H×H

□下心ですがかまいませんか?
1ページ/1ページ




 視界さえ遮る雨粒を見つめ、レインは立ち尽くした。屋根が掛かるぎりぎりまで進み、空を見上げる。紫掛かった灰色の雲が切れ間なく空を覆っていて、一時的でも雨が止みそうな気配はなかった。


 今朝の天気予報では、帰宅時間の降水確率100%。なのにどうして傘を忘れた。私の馬鹿。


 地面が濡れていない境界線から充分距離を取って、一人外を見つめていると後ろから声を掛けられる。振り返ると、クラピカが立っていた。


「こんな所でなにをしている、帰らないのか?」

『帰りたいけど、傘がないの』


 レインは両腕を広げて掌を開いた。傘がないアピール。隣に移動したクラピカが、外を見て言った。


「忘れたのか?」

『そう言ってんじゃん』

「傘を盗まれた可能性もある」

『あ、なるほど』


 開いた両手を合わせて、レインは納得する。言ってから、傘がない理由は盗まれたからにすれば良かったと思ったが、盗まれたのなら犯人がいなくてはならない。クラピカならその犯人探しに名乗りを挙げかねないので、やはり正直に話して良かったと考え直す。


 クラピカはレインの隣に立って、そのまま動かない。レインと同じように、外を見ていた。『クラピカこそ、帰らないの?』

「傘がない」

『忘れたの?』

「私は盗まれた方だ」


 クラピカは殊更不機嫌に言った。「忌々しい。雨が降っていなければ、この手で犯人を探してやるものを」

『そもそも、雨が降っているから盗まれたんだけどね』


 レインは笑うが、笑い事ではないとクラピカに叱られた。濡れて帰るしか方法がない。天気予報によれば、雨は明日まで続くらしい。


『ああ、覚悟と家に帰ってからの計画を固めなきゃ』

「家に帰ってからの計画?」

『いかに廊下を濡らさずにシャワーを浴びるか』

「成る程。計画と言うのなら、一つ提案がないこともない」

『聞きましょう』

「まず比較的家が近い私が走って帰り」

『うんうん』

「傘を持って戻ってくる」

『却下だねえ』


 そう言ったレインはクラピカを見ていない。口ではクラピカの案を否定していたが、首は縦に振っていた。


「何故だ?」

『クラピカだけが濡れるから駄目』

「私は構わん」

『私が構うの』


 レインはそう言って、屈伸運動を始めた。家に帰るまで走らなければならないので、準備体操のつもりだった。実際には必要ないのだが、イメージは大事だとレインは考えている。


「なら、選択肢は一つだな」

『そうだね。お疲れ、クラピカ。風邪ひかないようにねっ』

「は?」


 顔の横で指を四本真っ直ぐ立てて、レインはクラピカに言った。クラピカとは別方向に走り出そうと構える彼女を、クラピカは腕を掴んで引き留める。


「どこへ行く」

『え、家に帰るんだけど』

「私の部屋の方が近い」

『いや、知ってるけど、迷惑掛けるわけにはいかないし』

「誰が迷惑だと言った?」

『えっ!クラピカ、急に私が部屋に入っても迷惑じゃないの?』


 大きな瞳を更に大きくして、レインがクラピカを見た。レインが驚く理由が分からなくてクラピカが顔を顰めると、彼女は興奮気味に言った。『男の子には男の子にしか分からないお部屋の事情があるって、レオリオが言ってたんだよっ』

「レオリオの部屋を訪ねたことがあるのか」

『一回だけ。参考書を借りに』


 レインが答えると、クラピカは彼女の手を握り、走り出す。クラピカは準備運動をしていなかったが、初速は充分だった。


『えっ、ちょ‥ちょっ、クラピカっ?』


 その方向はレインが走り出そうとした方角とは反対で、クラピカの家の方向だった。空から叩き付けるような雨を浴びながら、クラピカに手を引かれて走る。髪と服に染み込む水滴は冷たいのに、握られた左手がやけに熱かった。




 クラピカの部屋に着いた時、レインもクラピカもびしょ濡れで、けれども全力で走って来た為にそれ程寒いとは感じなかった。しかし、このまま濡れた服に体温を奪われると確実に風邪をひく。先に部屋に入ったクラピカがバスタオルを渡してくれたので、レインは玄関で髪と顔と露出している肌の水滴を拭った。最後に靴下を脱いで、足を拭いて部屋に上がる。


「先にシャワーを浴びろ」


 クラピカは言うが、レインは首を横に振った。『駄目、クラピカが先。そこまで迷惑掛けられないよ』

「私は濡れた荷物を先に整理する」


 そう言ったクラピカは既に着替えていて、乾いた部屋着に髪から滴った雫が落ちた。


 彼は濡れたショルダーバッグから本を取り出す。ハードカバーの分厚い本は、下半分の色が変わるほど濡れていた。『市販品で良かったねえ』

「まったくだ。図書館で借りたものなら弁償しなければならなかった」


 クラピカは言いながら、テーブルに広げたタオルの上に鞄の中身を並べていく。革のカバーが掛かった手帳も、ペンケースも財布もキーケースも、全て濡れていた。最後に彼が取り出した円筒形の布を見て、レインは首を傾げた。布は袋状になっていて長さは20p程。底辺の直径は五p程。


『クラピカ、それは?』

「知らないのか?折り畳み傘と言うものだ」


 クラピカは答えると、折り畳み傘をタオルの上に並べた。『傘、盗まれたって言ってなかった?』

「長傘は盗まれた。嘘は言っていない」

『その折り畳み使えば良かったんじゃない?』

「この傘の大きさでは、どうせ二人とも濡れる。私が傘を貸すと言っても、どうせレインは断るだろう」

『そりゃ、まあ』

「それに、レインと二人で雨の中を走るのも、悪くないと思ったのだよ」



 空っぽの鞄を最後に並べ、クラピカは熱い珈琲を淹れにキッチンに向かった。












かまいませんか?

「ところで、レオリオの部屋に行ったことがあるそうだが、詳しく教えてくれないか?」
『シャワー浴びてきますっ!』

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ