H×H

□恋の仕方を教えてほしい
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 照明の消えた部屋は、住人が帰って来たことにより熱と光を取り戻す。今日一日着た服を脱いでハンガーに掛けると、私はソファーに身体を投げ出した。


 帰宅途中に買ったペットボトルの水を開ける。一口飲んで、大袈裟に二酸化炭素を吐き出した。同時に、身体を襲う疲労感。筋肉が弛緩するのを自覚した。


 壁に掛けた上着のポケットが、赤く点滅している。ポケットに入れたままの携帯電話だ。赤いライトは不在着信の知らせ。脱力した後で少し億劫だが、立ち上がり移動。自分の携帯電話を確認する。私が仕事中、何回も電話が掛かっていたようだ。着信はキルアからで、私は少し驚く。キルアから電話があることは珍しい。一番新しい着信履歴を選択し、発信ボタンを押した。


 二回のコール後、声変わり前の少年の声。


「おっせーよ。こっちが何回電話したと思ってんだ」

「すまない。仕事中だったものでな」

「仕事、てことはレインとは一緒じゃねえんだな?」

「レイン?なんの話だ?」

「レインが帰って来ねーんだよ。こんな時間だからクラピカと一緒じゃねーかって、思っただけだ」

「こんな時間って、まだ夜の十時だぞ」


 私は部屋の時計を見て、通話を続けた。外は暗いが、決して深夜とは言えない時間。人通りもあるし、昼間の活気の残滓が所々感じられた。キルアが心配する理由としては、少し弱い。


「アルバイトではないのか?」

「今日はバイト休みだってよ。朝本人から聞いたんだから、間違いねえし。なにか用事が出来たんなら、レインは連絡してくる。黙ってオレより帰りが遅い、なんてこと、今までになかったんだ」


 キルアの普段との声音の違いに、私は気が付いた。私には生意気なだけの少年が、不器用に私を頼っている。レインの存在がそうさせているのだ。


「ああ見えて、レインは腕が立つ。自分の身一つ守れないような子どもではない」

「バカ言え。腕が立つっつっても、オレやお前に比べたら全然弱っちいし、あいつ、ヒソカやオレの兄貴にも目え付けられてんだぞ」


 キルアに叱咤され、私の心臓が嫌な音を立てる。一度切り替わった自律神経が、もう一度スイッチを入れ換えた。血脈が逆流しそうな錯覚に、冷静になれと頭の中で呟く。


「レインに電話は掛けたのか?」

「掛けて繋がらなかったから、クラピカに掛けたんだよ。バカにしてんのか」

「今日はバイトが休みだと言っていたな。理由は?」

「課題が溜まってんだと」


 キルアが答える。投げ遣りな答え方だが、それがレインの居場所のヒントになるかも知れない。


「言っとくが、考え付く限りの場所は行って来たし、可能性のあるヤツの番号には掛けてみた。クラピカで最後なんだよ」


 私で最後。


 もう希望が残っていないようなその言葉に、胸の奥がざわつく。心臓から流れる血液の温度が上がった気がした。熱を冷ますには放熱するしかない。とりあえず二酸化炭素を吐き出すが、体内の温暖化が緩和されたようには思えなかった。


 手に持ったままのペットボトルの中身を一口飲む。飲んでから、その液体が水だということに気が付いた。少しだけ体内の温度が下がった気がした。伝導率が下がった脳内が、多少動き出す。マシになった判断力で、今までの情報を整理した。「学校は行ってみたか?」

「学校?」

「課題が溜まっているのだろう?レインなら、集中出来てかつ資料の手に入る学校で片付けると思ってな」

「学校なんて、とっくに戸締りされてんだろ」

「あいつなら、誰にも邪魔されん場所を知っているかも知れん。で、行ったのか、行っていないのか?」

「行ってねえけど」


 発音しにくそうな答え方。間違いを指摘された子どものようだ。


「なら、私が今から確認してくる。キルアはレインが帰って来た時の為に家に居ろ」

「あ、ああ」


 キルアの返事を聞いて、一度通話を終了する。ハンガーに掛けた上着をもう一度羽織り、私は部屋を出た。





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