H×H
□Boys, be ambitions!
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結局、クーラーボックスは魚で一杯にして持ち帰った。その中の半分以上はゴンが釣ったものだが、ゴンのクーラーボックスも一杯だった。
結構な量になってしまった。二人で食べきれるのか、これ?いや、今はクラピカと三人だけど、ノーカンだ、あんな奴。
半分くらいビスケに‥‥いや、あのババアは料理なんてしなさそうだ。料理ならメンチだろうが、休みの日にまで講師に会うのは御免だし。
暫くの間、玄関の前で悩んでいると、扉が向こう側からゆっくりと開いた。室内の灯りに照されて現れた顔は、オレが一番望んでいないヤツだった。
「なにをしている。早く入れ」
「な‥‥んで、テメーがっ!」
「家の前で立ち尽くされても困るだろう。それにしても、生臭い土産だな」
「釣りの土産なんて魚一択だろっ」
見下ろすクラピカの視線が冷たくて、魚も凍るんじゃないかってくらい。視線に冷却効果がなくて良かったぜ。だいたい、こいつへの土産じゃねーし。
『あ、キルアだー。お帰りなさい』
クラピカの背後、廊下の左側の扉が開いて、レインの眠そうな顔がくったりと此方を向いた。いつもさらさらのレインの髪が、薄桃色の顔や首にべったり貼り付いていた。
「レイン、起きたのか」
『んー、うん、起きる。シャワー浴びたい』
「では、風呂を用意しよう」
『いいよ、シャワーだけで』
「駄目だ。身体が冷える」
オレに背を向けてバスルームに向かおうとするクラピカ。なんか、無視されたみたいですげえムカつく。「レインっ、ただいまっ」オレはそう言うと、すっかり重くなったクーラーボックスをレインに差し出した。
『あ、釣れたんだ。すごい。開けて良い?』
そう言うと、レインは廊下にしゃがみこんでクーラーボックスの蓋を開けた。宝石箱でも開けるみたいに、丁寧な仕草で。未だ食材としての価値しかない魚に対し、レインは瞳を大きくして喜んでくれる。まだ食べれる状態ですらないのにな、これ。ああ、可愛いなあ、くそう。
『うわあ、いっぱいだねえ』
「ふむ、大したものだ。ゴンの功績か?」
「水を指すなよ、オレが釣ったのもあるよ」
ほんっとに一言多いな、クラピカは。
オレはクラピカを睨むけど、レインはオレを見てにこにこしている。オレには出来ないタイプの笑顔。多分、クラピカにも出来ないと思う。
ああ、やっぱり、こうゆうタイプに弱いんだよな、オレ。目の前のレインからもクラピカの匂いがするのは、気に入らないけど。
『やっぱり、私、ちゃちゃっとシャワー浴びて来ちゃうね。で、この魚の下拵えしよう』
レインはにっこりと言うと、立ち上がってバスルームへ歩いて行った。
「やれやれ」
クラピカは溜息を吐きながら、クーラーボックスの蓋を閉めた。「当分、食事はレインの魚料理だな」
「なんだよ、文句あんのか?」
「いや、私がここに居る間は、料理は私が作るかケータリングにしようかと思っていたのだがな」
「なんだよ、それっ!」あまりにも失礼なクラピカの言葉に、オレは叫んでいた。いつもなら、そんな大声は上げない。レインに叱られるからだ。実家と違って、このマンションは声が響く。
「レインの料理が気に入らないってのかよ!いつも、あんなに美味そうに食ってたクセにっ」
許せなかった。レインの手料理を褒めていたあの言葉は、嘘だったのか。心にもないことで、ただただレインに気休めを与えていただけだったと言うのか。
オレはクラピカの白いシャツの胸ぐらを掴み、その身体を壁に押さえ付けた。戦略や狡猾さではオレはクラピカに劣るけど、スピードや体術はオレの方が上だ。咄嗟に出てしまったオレの暴力に、クラピカが反応できる訳がない。
背中を強打して、クラピカは一瞬咳き込む。肺のなかの空気が一気に排出されたからだろう。ここで慌てて空気を吸うと、それはそれで苦しいのだが、クラピカは冷静に呼吸を整えて、変わらない瞳でオレを見た。「落ち着け」
「レインの料理の腕前は、お前が一番知っているだろう」
「だったら、なんでそんなこと言うんだよっ!」
「先ずは落ち着け。私が、いつ、レインの料理を食べたくないと言った。私が言いたいのは、レインの時間をレインに返してやりたいと言うことだ」
レインの時間を返す?なに言ってんだ、こいつ?
意味が分からなくて、オレはクラピカの胸ぐらを離す。
「レインは家族というものに異常な程の憧れを抱いている。今のお前との関係を守る為に、母親役だろうと姉役だろうと、レインは完璧になりきるだろう。だが、そんなことはキルアも望んでいないだろう?」
乱れた服を整えながら、クラピカはオレを見た。オレは当然、首を縦に降る。オレが傍に居て欲しいのはレイン自身なのであって、その為にレインがレインでなくなってしまっては、本末転倒だ。
「だから、せめて私が居る間は、そういった役割を忘れて、レインの為の時間を大切にして欲しいのだよ。レインは、少し真面目過ぎるからな」
真面目なのはクラピカに言われたくないだろ。だけど、まあ、そういうことか。家事をこなすレインでも想像しているのか、クラピカの瞳は驚きの穏やかさだ。ああ、くそう、ムカつくな。オレ一人、ガキみてえじゃん。カッコ悪い。
「分かったよ、コンチクショー」
オレはクーラーボックスを肩に掛けると、フローリングの廊下を歩き出す。なんつーか、その場から立ち去りたかった訳じゃないんだけど、それでもなにか行動しなければ恥ずかしさで死んでいたと思う。
「何処へ行く?」
後ろからクラピカが聞いてくるから、仕方がないから立ち止まって振り返る。「魚、下拵えすんだろ?レインがシャワー浴びてる間に終わらせよーぜ」
クラピカが瞳を丸くしてオレを見る。なんだよ、文句あんのか?今はお前に協力してやろうって言ってんだよ。一時休戦だ、一時な。
「私は構わないが、キルアは出来るのか?」
「やったことねーよ。でも、内蔵と骨を取り出すなら自信あるぜ」
クラピカは「やれやれ」と二酸化炭素を吐き出すと、オレと並んで歩き出す。「教えるよ。そしてこれからも、レインを手伝ってやれ」
んだよ、父親みたいなこと言いやがって。頭撫でんな、ガキ扱いかよ。
分かってるよ。自分がガキだってことくらい。まだまだ、クラピカと肩を並べるには、どうしようもなく子どもだってことくらい。
だって、これでオレがレインのこと手伝うようになったら、オレとレインが一緒に居る時間が増えるんだぜ?レインの負担を軽くする為だけに、オレに料理を教えてくれる。分かってる、オレには出来ねーよ、そんなこと。
「いーのかよ、敵に塩を送って」
「構わんよ。浮いた時間は私が貰う」
「‥‥‥は?」
こいつ、今、なんつったか?
「おかしいだろ、それ。レインの時間はレインに返すんじゃなかったのかよ」
「返すさ。私の手からな。そもそも、私以外の男の為にレインの時間が割かれること自体が許しがたいことなのだよ」
ちょっと待て待て。雲行きが怪しいぞ。クラピカって、もしかして。
「安心しろ。私以上にレインを甘やかすことに長けている人間など、この世には居まいさ」
にやり。
決してレインには見せないクラピカの笑顔を見て、オレはオレの答えに確信を得た。
こいつ、オレより子どもなんじゃねーかっ!
end