H×H

□Boys, be ambitions!
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 むっかつくんだよっ!


 あのヤロー、毎日毎晩、レインにべったりくっつきやがって。レインが困ってるのが分かってねーのかっ!


 レインもレインだっつの。あんな奴、寮追い出されたって暫く野宿しても死なねーよ。それを可哀想だからとか言って、自分の家に泊めて。て言うか、ホテル泊まれよ。

 オレは頭の中で思い付く限りの文句を叫び、物音を立てずに家を出た。別に、イライラに任せて扉を力一杯閉めるくらいしても良かったのだろうが、ここはレインの家。オレだって居候だ。レインに迷惑を掛けるようなことはしたくない。


 別に、レインにムカついてる訳じゃないんだ。寧ろ、困ってる奴を放っておけないレインの優しさは、オレも感謝してるし、‥‥‥好きだし。気に入らないのは、その優しさが向けられている相手が、クラピカだということだ。


 だってさ、あいつ、ぜってー困ってねーよ。寮の補修工事で部屋を追い出されたのを良いことに、レインの優しさに付け込んでるだけだって。その証拠に、毎日レインにべたべたしてる、オレに見せ付けるみたいに。いや、見せ付けてるね、あれは、絶対。あいつ、性格わりーから。


 今朝も、普段はオレより早く起きてるレインが、オレが身支度を整えても起きてこなかった。と言うより、今も寝ている。せめて出掛けることを知らせたいと部屋をノックしても、出迎えたのはクラピカだった。こいつ、ジーパンとか穿くんだな。


「なんだ、こんなに朝早く」クラピカは、明らかに寝不足の目でオレを見た。おはようくらい言えないのか。

「なんだ、って、オレはレインに用があるんだよ」

「レインなら、今は寝ている。用事があるのなら、私が代わりに聞いておくが?」


 そう言って首を傾けるクラピカは、なんとも迷惑そうだった。早くこの扉を閉めて、レインの居るベッドに戻りたいと、表情で訴えていた。


『ん、‥‥‥キルア?』


 クラピカの裸の肩の向こうで、白いシーツがもぞもぞと動く。レインの白い肌が見えそうになったところで、クラピカが身体をずらしてオレの視界を遮った。どうしたって、クラピカは、レインの身体を自分以外に見せる気はないらしい。


『ごめ‥‥朝ごはん、‥‥お弁当も、作る‥‥約束したのに‥‥』


 か細いレインの声は、それ以上に掠れていて。だからオレは、そんなレインに我儘を言う気にはなれなかった。


「いーよ、途中でどっか行って買うから。弁当も、ミトさんが作ってくれるし」

『ん‥‥でも』

「良いから、寝てろって。どーせ、さっき寝たばかりなんだろ」

『ん、ん‥‥‥ごめん』

「気にすんなよ。じゃあ、お休み」

『う‥‥ん、いってらっしゃい、キル。気を付けてね』


 消え入りそうなレインの声は、オレのことを愛称で呼んだ。それがオレには、この上なく嬉しいことなんだ。


「ああ、行ってきます」


 オレの声音が少し弾んでいたことに、レインは気が付いていただろうか。








「にしても、ムカつくよなあ」


 ミトさん特製おにぎりを食べながら、オレは呟いた。オレの横に座るゴンが、真っ黒に光る目でこちらを見る。ゴンも同じく、ミトさん特製おにぎりを頬張っていた。


「なにが?」

「クラピカだよ。ここ一週間、レインにずっとべったりで離れやしねえ」

「あ、あー‥‥」


 オレが答えると、ゴンは視線を釣竿に戻して唸った。どんなに釣竿を見ても、足元の磯に垂らした釣糸はピクリとも反応してはいない。クラピカがレインの家に居候することになった理由を作ったのはゴンだから、ゴンはこの件に関して口を挟めない。


「そもそも、お前が寝惚けて部屋の壁ぶち抜かなきゃ、こんなことにはならなかったんだよ」

「だから、それはごめんって。でも、お陰で建物が老朽化してる部分がちらほら見付かって、学校側も補修工事に踏み込めたってクラピカも言ってたよ」


 そういや、学校運営に関しては、理事会の中でも意見が割れてるって聞いたことがある。けれど、そんなこと、オレにはどうだって良いんだ。


 オレが気に入らないのは、クラピカとレインの二人きりの時間が増えたということ。今まで仕事人間だったクラピカが、ここ最近は仕事もせずにレインの部屋に籠りきりだ。


「でもさ」ゴンが言った。「もし本当に、クラピカがレインさんを独占したいなら、とっくの昔にキルアを追い出してるんじゃない?」

「レインがそんなことさせる訳ないだろ」

「でも、あのマンションの保証人、クラピカだよ」

「まじかっ」


 オレが驚いて振り返ると、ゴンは浮の微妙な変化を見抜いて竿を上げる。疑似餌に食らい付いた愚か者は、かなりの大物だった。そういや、こいつ、故郷の島で主とか呼ばれる妖怪染みた魚を釣り上げたんだっけか。隣で獲物を待っているオレのバケツは空っぽだったけど、全然悔しくなかった。


「だって、レインさん未成年だし、アマチュアでしょ」魚が飲み込んだ針を外しながら、ゴンが言った。


「ん、それもそうか」


 確かに、あんなセキュリティのしっかりしている高級マンション、レインが借りるには無理がある。レインはまだ学生だ。


「逆にキルアはさ、レインさんとどうなりたいの?」


 慣れた手付きで針を外したゴンが、取った魚をバケツに放す。


「どうって?」

「キルアの場合はさ、レインさんと恋人になりたいとか、結婚したいとかじゃないでしょ」


 ゴンの瞳がオレを見た。黒い瞳が、水面のように光っていた。


 オレは答えない。答えられなかった。いつだって、ゴンの質問には答えてきたオレだけど、今回ばかりは質問の内容が悪過ぎだ。


「キルア」

「ん?」

「引いてるよ」


 ゴンの指差す水面は、オレの竿から垂れた浮きが上下運動をしていた。








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